第12章「げんそう」 5-6 ソレム
「いかさま。貴国ヴィヒヴァルンが建国されたのも、その時期と伺っております」
「そうだ。初代魔術王ルートヴァン1世によってな」
ちなみに、今のルートヴァンは、正式にはルートヴァン8世である。
「あわや帝国が分裂、滅亡の危機に、わが国ではとても旧世界の封印魔王を管理することも難しくなり、またその動乱にあってなんとゾールンめが、封印の奥からこちらに干渉を」
「ほう……」
封印の向こうから魔力を使ってきたという、オネランノタルの証言と一致する。
「なるほど、それで封印ごと地の果てに移封したのだな?」
「いかさま」
「以後、700年も廃神殿を放置していたのは、移封に成功したからか?」
「監視はしておりましたが、あまり仰々しく管理して、よけいな連中に宝探しにでも侵入されるのも面倒ですし、なによりいつしか忘れられた……というのが真相です」
「冒険者に石板を探させたのは、イリューリ王か?」
「20年ほど前に、久しぶりに状況調査を命じられたのは、イリューリ陛下です。石板は、いつ誰が製作して配置したのか、全く分かりません」
「ほう……」
「石板には今の経緯が古代帝都文字で詳細に彫られており、秘密の暴露を恐れた陛下が、各所に手を回しました」
「フ……呪われし公女退治も、その一環というわけか……」
「いかさま」
「手の込んだことよ」
「全ては、ゾールンの秘密を護るためにて」
「事情は分かった」
「ハッ、殿下とイジゲン魔王様におかれましては、なにとぞ廃神殿を探ることなどなきよう、またいつかゾールンめと戦うにしても、我が国以外で御願い奉ります」
レーンスキィルがそう云って深く礼をしたが、とっくにフローゼ達が廃神殿を探索し、おそらくそのゾールンとやらと接触している。が、それは当然黙って、ルートヴァン、
「しかし、そのゾールンのやつめがどこに移封されたのか、正確に分からんことには……な」
「はるか南方大陸の、ガナンという土地の奥地だそうで御座りまする」
「その、ガナンというのがどこなのかという意味だ」
「それは、我々にも分かりませぬ」
「伝わっていないのか」
「おりませぬ。移封したのは、我が国の魔術師ではありませんので」
意外な答えに、ルートヴァンが目を丸くした。
「そうなのか?」
「ハイ、宮廷魔術師が補佐をしましたが、カサーンダル王の依頼により魔王移封の術式を開発、指揮、実行したのは、当時の1人の天才魔術師だそうで御座りまする」
カサーンダル王とは、当時の第6代チィコーザ王である。
「何という名か?」
「本名は、伝わっておりませぬ。が、わが国ではソレム……という言葉のみが、伝わっておりまする」
「ソレム……それが、その者の名ではないのか?」
「分かりませぬ。名かもしれませぬし、何らかの言葉かも……」
「ふうん……」
ルートヴァンがつぶやいたきり黙りこんだので、レーンスキィル、
「御質問が無ければ、これにて……」
「ああ」
「御約定のこと、努努御忘れなきよう」
「分かった」
レーンスキィルが辞し、ルートヴァンが何も言葉を発しないので、シーキもそのまま近くの空き家に戻った。再び暖炉の前でずっと話を聞いていたフューヴァとプランタンタンが、いつまでもルートヴァンが椅子に座ったまま何やら考えこんでいるので、部屋の隅に片付けていたテーブルを直し、茶を入れつつ、
「どうしたんだよ、ルーテルさん。さっきから黙りこんでよ」
「うーん……さっきの、ソレムっていうのがね」
「気になるのかよ?」
「うん……」
「聴いたことがあるんでやんすか?」
「うん、ヴィヒヴァルン初代魔術王ルートヴァン1世っていう人はね、天才であったのは間違いないんだけど、自らの出自を語らない人で……どこぞの王家の末裔という話もあれば、出所不明の怪しい人だったという説もある。だから、本名も伝わっていたりいなかったりで……」
「王家には、伝わってないのかよ?」
「ウチには、ミラルシャ・ソレムリスっていう名前が伝わってる。本名かどうかは、確証がない」
「ソレムリス……?」




