第12章「げんそう」 5-2 動員
「ハッ」
「走竜に加え、鎚とその軍団に動員。偽ムーサルクを殲滅する」
「畏まりまして御座りまする!」
その時より、にわかに王宮が慌ただしくなった。
第4騎士団通称「走竜隊」は内務騎士団であり、配下の軍団を含めて治安警察のような騎士団である。第5騎士団通称「鎚隊」こそがチィコーザ軍団の本命で、対外戦闘騎士団であった。構成人数も、最も多い。
その鎚も動員するということは、初手からチイコーザのほぼ全軍で躊躇なく叩きのめすことを意味する。
「総指揮官はマルフレード、副将としてアーレンスが補佐せよ」
「ハッ」
「準備にかかれ」
大臣たちが、素早く動いた。
この王命に天井まで届く勢いで歓喜の声を発したのは、第1王子のマルフレードだった。
「いよいよ、おれが反乱軍鎮圧の総大将に……!!」
「殿下、御目出度う御座りまする!!」
取り巻き連中も、そろって笑顔を浮かべた。
「ようやく、おれも、これで……!」
マルフレードが、思わず涙ぐむ。
もらい泣きをしつつ、家宰兼教育係が、
「殿下、まだ早う御座りまする。見事、偽ムーサルクどもを皆殺しに……」
「分かってる! おれこそがチィコーザの後継者であると、内外に知らしめるぞ!!」
「その意気や良し!!」
「流石で御座りまする!!」
取り巻き達の拍手に気を良くし、
「前祝いだ! 酒を持て!」
マルフレード邸では、王宮が動員令でアリの巣をつついたような騒ぎになっている中、夜通し宴会が続いたのだった。
その様子を、当然のごとく王もとらえているし、第3王子クリャシャーブも兄王子邸に放っている密使からの報告で知った。
「陛下は、何を御考えなのでしょう……あのような愚物に、総指揮官など勤まろうはずが」
家宰の言葉に、クリャシャーブ、
「わからんぞ、ああいう人間は、国難に際し常識では考えられん力を発揮するときがある」
「殿下、褒めている場合では御座りませぬ」
「分かっている! もしかすると父上のことだ……兄上を、体よく排除する気かもしれん」
「なんと……」
家宰が息を飲んだ。討伐失敗を見越し、詰め腹をとらせる人事……ということか。
「しかし、失敗が許される状況なのでしょうや?」
「分からん。何も知らされていないからな」
「殿下、いかがいたしましょう」
「決まっている。イジゲン魔王に密使を送れ。穴熊に気取られるな」
「畏まりまして御座りまする」
家宰が、深く礼をした。
その異次元魔王御一行は、そのころ、街道筋の宿場カリーニから少し離れたボリツァイという村にいた。
大した村ではなかったが、宿場町にいれば無用に目立つし、そこで隠れてフローゼらの報告を待ちつつ、偽ムーサルクの動向を探っていた。
ちなみに、案内した……というか、させられたのは、シーキである。
伝書鳩で密書を放ってからゆるゆると一行を尾行していたが、すぐに見つかって、ルートヴァンに、
「おいシーキ、目立たないで滞在できる村を教えてくれないか。特務騎士なら、秘密の集落をいくつも知っているだろう。案内しろ」
というわけだった。
「殿下……頼みますよ」
「ケチケチするな。金なら払うぞ」
「いりませんよ……」
シーキは村を案内しつつもビクビクと周囲を気にし、
「……だいたい、私は殿下や魔王様を『見知っているだけ』ということになっているんですから、こんな既知の仲であるとバレたら、反逆罪に問われかねません」
「その時は、正式に聖下に帰依しろ。この国のどのような奴が刺客として現れても、命を保障しよう」
「簡単に云わないでくださいよ……」
苦い顔を見せつつも、シーキは内心で安堵している自分に気づき、嫌になった。
(まいったなあ)




