第12章「げんそう」 4-17 生きていた
「きこえねえよお」
嘆息まじりに、ピオラがぶっきらぼうに云った。フローゼは嫌な予感がした。謎の魔王の罠か?
「こっち、こっち……」
(いや、確かに聴こえる……しかも、この声……)
フローゼが、慎重に声の方向を探る。
なんと、ピオラの後ろというか、影というか……。
フローゼが回りこんで覗きこんだのでピオラも不思議がって身体をひねると、魔力のマントの隙間からピオラの腰の後ろあたりに、妙なものがへばりついているのが見えた。
「なんだい、こりゃあ」
ピオラが、それを手に取った。大きさが10数センチほどの、腐った肉の塊のような、臓物のような感触と見た目だった。大きさも、ピオラの手の上では指の関節ほどだ。ナメクジにも見える。
だが、それは……。
「今回はあぶなかった! マジで死ぬかと思ったね!」
「えッッッ!! ちょっと待って!! オ、オネランノタルなの!?!?!?」
フローゼが魂消て大声を上げた。
「えええええ!?!? ば、番人なのかあ!?!?」
ピオラも仰天し、自らの手を凝視した。
ナメクジめいたどす黒い肉片……それはオネランノタルの魔力中枢器官であり、かつ、肉片の中にシンバルベリルをとりこんでいた。
赤く輝く真珠のような小さな宝玉が、オネランノタルの額にあったものと看破したフローゼ、
「あんた、その魔力を使って、魔王の攻撃から防御したってこと!?」
「それも、かろうじてね! せっかくリノ=メリカ=ジントのやつから奪ったシンバルベリルは、3つとも食いつぶしたよ! あれが無かったら、完全に死んでたね!」
「よ、よくわかんないけど……」
フローゼが自然に笑みを見せ、
「助かったのなら、良かった」
心底、安堵した息を吐いた。
「それはそうとよお、ずっとこんなムシみてえなのかあ?」
ピオラが掌に話しかける。
「もう少し待ってよ! 魔力はシンバルベリルを使いこめばいいけど、ここまでされた経験が無くって……再生には時間がかかるね。ここの空間に漂っている魔力を、もっと使えるのならいいんだけどね」
「使えないの?」
「あのバケモノの魔力は、ちょっと私達のものと違うんだよ。理由は知らないけど、なんにせよ、うまく使えない」
「ふうん……大公に聴いてみましょう」
「そのためにも、ここから脱出しないとね。報告することが山とあるよ!」
「そおだぞお、アタシのメシもなんとかしてくれよお!」
「あと半日くらい我慢してよ!」
「ええー……」
ピオラがあからさまに肩を落とし、暗闇の中で鍾乳石にガックリともたれかかった。
そのようなわけで、半日後……。
フローゼはもうちょっと移動したかったが、ピオラが疲れ果てて眠ってしまったので、その場に留まった。オネランノタルも再生に集中し、無言となったので、フローゼが1人で謎の魔王のことを考えていた。
(かつて、何者かがこの地下深くに封印した謎の魔王……誰が封印した? したとすれば、大魔神以外に無い。で……その何百年かのちに、当時のチィコーザ王国が何らかの手段をもって、封印ごとさらに移封した……。それが現実。けど、封印された謎の魔王が封印先から封印元に魔物を放つなどして、干渉を続けている。何のために? 封印を解くため? そして、いま移封先に来られると、まずい……らしい。何がまずい?)
一般的に考えて、もし、謎の魔王が何らかの方法でストラのことを知ったならば、封印状態でストラと戦うのは無理だろう。なにせ、ストラはすでに魔王を3人も倒している。
(そうか……魔王ストラを恐れているのか……それで、こちらに干渉を……?)
とはいえ、あんなフローゼやオネランノタルで倒せるような魔物など、ストラはおろかルーヴァンにすら意味がない。
(無駄な努力か……それとも)
もっと、何かしらの大がかりな手を打っているのか。
(魔王というのが、どれくらいのものなのか知らないけど……封印されていて、あの魔力……封印が解かれたら、国の1つや2つ、たちまち滅ぶに違いない……魔王ストラが、ウルゲリアやガフ=シュ=インを滅ぼしたように)
それ以上は、話が大きくてよく分からなかった。
(大公の領域か)
なんにせよ、無事に脱出して、報告をしなくては。




