第12章「げんそう」 4-14 妙な跡
「ちょっと、なに、これ」
フローゼが何の変哲もない岩場に魔力で秘された文様を見出し、しゃがみこんだ。間違いなく、封印魔術の文様だ。これは、ピオラには分からない。フローゼとオネランノタルの眼だけが、闇の中にその魔力の印を発見した。
「見たこともない術式だね」
オネランノタルも覗きこむ。
「あんた、人間の術式が分かるの?」
フローゼが、少し驚いた。この世界の法則として、魔族は魔力から直接パワーや効果を引き出せるため、「呪文」「術式」を必要としない。従って、魔族は魔法を使わない。魔法を使うのは、人間とエルフと、その他の一部少数種族だけである。
「うんまあ、少しはね」
「変わってるのね」
オネランノタルが変人ならぬ「変な魔族」なのは、既に記してある。相当に変わっていなければ、魔族が人間らに交じって冒険などせぬ。
「で、解けるの?」
「うーん……大公ならそういうの得意なんだろうけど、私はちょっと……力技になるから、どういう反応があるか分からないね」
それは、鍵開けに例えるなら、開錠するのではなく鍵を破壊して開けるという意味だ。
「でも、なんにせよ、解除しないことには……ね。大昔に封印された魔王に関する情報が封じられてるわけだし」
「じゃあ、ちょっとやってみよう。離れてて」
フローゼとピオラが、数メートルほど離れて見守る。
オネランノタルは慎重に術式の構造を探りつつ、やがて強烈な魔力を注ぎこんだ。
フローゼの眼に、文様が砕け散って霧散するのが見えた。
「やったじゃない!」
云いつつ、近寄ると、もう文様のあった場所に、ぽっかりと直系3メートルほどの縦穴が空いている。
「これを封印していたんだね!」
「まだ、地下があるんだ……」
フローゼが穴を覗きこんだが、
「……何にも見えない。おかしいな」
ただの闇ではない。オネランノタルにも、何も見えなかった。もちろん、ピオラにも。
「こいつは、まずくねえかあ?」
ピオラが、素直に眉をひそめた。
嫌な予感が、する。
「でも、次元孔というわけでもないよ。次元孔なら、虹色に発光するもの」
「そうね……何らかの、魔法効果かも?」
「魔力は濃厚だよ。すごくね」
「魔力が濃すぎて、見えないのかもよ?」
「その可能性はあるね」
「じゃあ、フローゼが魔力を消す力で、先に行ってみたらどうだあ?」
ピオラの提案に、
「それしかない……か。行っていいんでしょ?」
フローゼが、そう云ってオネランノタルを見た。
「ここで帰っても、成果にはならないだろうね。大公の期待には添えられない。私らは別にそれでもいいけど……フローゼが決めなよ」
「そりゃ、行くでしょ」
云うが、フローゼが穴に飛びこんだ。
「イヒーッヒヒ! そうでなくちゃ!」
云いつつ、オネランノタル、
「でも、フローゼの魔力阻害効果は危ないから、先にピオラが行ってよ」
「おうよお!」
次いでピオラが飛びこみ、フローゼの波動の影響がかなり弱まったのを確認して、最後にオネランノタルが孔に入った。
縦孔は時折曲がりくねって3~40メートルも続いたが、意外に普通の地下洞窟に到達した。
「…………」
天井から地面までは3~5メートルほどで、見事に着地したフローゼが周囲を確認する。先ほどまでの大空間ほどではないが、わりと広く感じられた。もっとこう、溶岩でも煮えたぎっているのかと思ったフローゼは拍子抜けしたが、
「これは……!!」
闇も再び見通せるようになり、20メートルほど先の岩盤にある妙な「跡」を発見した。
直系が10メートルほどもある、半円形の凹みというか……球体状の何かが半分埋まっていた跡というか……アイスクリームをディッシャーで取った跡というか……とにかく、岩盤の壁と地面がくり抜かれたかのようにきれいに丸く穿たれ、しかも断面はツルツルに光っているほど鋭利に抜かれている。




