第12章「げんそう」 4-5 ファイア・ミサイル
石材が砕け散り、ピオラが顔をしかめた時には、石像が2本の右腕を高速で振りかざしながら回廊を後退するフローゼとオネランノタルを追っている。かなり重量があるはずの左腕2本と巨大な刀剣を失ってもバランスを全く崩さず、見事なものだった。
「感心してる場合じゃねええ!」
ピオラが、あわてて石像を追う。
も、そのピオラに後ろから何かが飛びついた。
「!?」
硬い多脚の爪と、ヒヤッとした軟体動物めいた感触がほぼ全裸のピオラの肌にまとわりつき、一瞬で危機を悟ったピオラが左手で殴りつけるように引きはがした。
間一髪、強力な酸が噴き出て、床の石材を腐食させて白煙が立ち上る。トロールの装甲皮膚は強力な火と魔法の武器、そして酸にのみダメージを受けるのである。
見ると、大きさが1メートルほどのクモとアメーバ(スライム)を合わせたような魔物が、床から壁から天井から、回廊をびっしりと埋め尽くしている。その数、数百はいるだろう。
「……じょ、冗談じゃねえええぞおおお!!」
多勢に無勢もいいところだ。あの数にまとわりつかれ、酸を噴きかけられ続けたらたら、ピオラとて無残にも骨になる他はない。
こいつらがどこから現れたのかは全く分からなかったが、進行先からごっそりと出てきたので、逃げる方向がフローゼやオネランノタルと同じだったのは不幸中の幸いだ。
大量の爪が石の床や壁、天井をかむ音が雨音のように暗闇に響き、ピオラは背筋がゾワゾワした。
フローゼやオネランノタルは、当然のようにピオラが石像を追ってきたと思ったが、
「邪魔だああああああ!!!!」
眼の色を変えて石像を後ろから斧で叩きのめすや、バランスを崩して転んだ石像を飛び越え、2人も置き去りにしてそのまま大回廊の奥に逃げてしまったので、
「ちょっと、どこに行くの!?」
「フローゼ、あれ見なよ!」
オネランノタルも、すさまじい速度で迫ってくる魔物の大群を発見し、フローゼを置いて飛翔して逃げた。
「うわっ……」
フローゼが怯んでいると、石像も起き上がって、前にも増した勢いで駆けだした。
「こんな……」
フローゼも、これまで以上に走り出す。
と、オネランノタルが魔力を集めて空中に留まっているのが分かった。
「大丈夫なの!?」
驚きつつも、追い抜きざまフローゼが声をかけた。
「四の五の云ってる場合じゃないだろ!!」
オネランノタルが、得意の魔法の矢と火珠を合わせた火の矢を放つ。それも、特大だ。
長さ3メートルはある魚雷めいた形状の炎の塊がオネランノタルの両手から発せられ、眼前まで迫っていた石像に直撃する。大爆発と数百度のプラズマ炎の奔流が逆巻いたが、オネランノタルが魔力で壁を作っていたので、反射して全て前方に向かって集中し、石像をバラバラに砕いて、その後ろの数百匹の魔物の群れを焼きつくした。
そのころ、遺跡に、近隣の村に駐屯している第2騎士団の騎士3人と、配下のゴーレム兵60体が、警報を受けて駆けつけていた。
第2騎士団「白百合」は宮廷警護騎士団で、通常時は王宮にいる。こんな場所にいるのは、このゾールン大神殿跡遺が、現在宮廷政府直轄になっているからだ。最低限の人数ながら騎士達が出張っているのも、ゴーレムは自律式ではないためで、どうしても人間の判断や指示命令が必要なためである。
「これは……!!」
毛長馬に乗った白百合の紋章が打たれた軽装甲の騎士達が、見事に破壊された要塞級のコンクリート壁を見て唸った。
慎重に崩れた兵の大穴を通り、敷地内に入ったところで、地面が揺れて毛長馬が驚いていなないた。
「あそこだ!」
それぞれ20体のゴーレム兵を引き連れ、白息を吐いて騎士達が馬を進めた。
なお、ゴーレム兵は中身が空っぽの鎧を着こんだ重兵士といった外観で、鎧自体に魔術がかかっているタイプの魔法兵だった。黒布で覆われたような鎧の隙間や関節部は、じっさいに布しかない。フルフェイスのヘルメットが、不気味に鉛色に光っている。馬や騎士たちが寒さに白く息を吐きつける中、兵士たちは、いっさいの呼吸をしていないのが分かる。
遺跡の前で馬を下り、抜剣してゆっくりと歩を進めた。
床に大穴が空いていて、虚空が地下深くに続いている。
ただの侵入者ではない。
騎士達が直観する。




