第12章「げんそう」 3-9 素晴らしい出来栄え
「…………」
「…………」
ムーサルクとリースヴィルが、急に黙りこむ。ホーランコル達3人だけが緊張に汗をかき、それ以外の騎士や傭兵たちは、何を話しているのかまったく意味が分からずに、むしろ戸惑ってキョロキョロしていた。
「とはいえ、聖下は動けませぬ。我ら配下が裏で動く分には……やぶさかでは」
やおら、リースヴィルがそう云い、
「それでかまわない」
ムーサルクもうなずいた。
「では、まず、そういうことで」
リースヴィルが再び胸に手を当て、深く礼をした。
「分かった。大儀である」
ムーサルクが云い放ち、リースヴィルは踵を返した。その際、左右に並ぶ騎士や傭兵を見やるフリをして、ホーランコル達に片眼をつむって見せた。
その夜、さっそくキレットの部屋へ連絡用の小竜が来て、
「どうだった? まずまずの出来だと思うが?」
得意げに、ルートヴァンが分体魔法の出来栄えを自慢した。
「素晴らしい出来栄えでした、殿下。まさに、人間と見分けがつきませぬ」
「今後、時折はあのリースヴィルが僕の分身として、我らとムーサルクをつなぐことになる」
「了解いたしました」
「ところで……聴いていたか?」
チィコーザの魔王のことだと、キレットはすぐに分かった。
「もちろんです。なぜ、あの者が、かつてチィコーザにいたという古代の魔王のことを知っているのでしょうか? ハッタリと云うには、そもそも、そのことを知っていること自体が……」
「その通り、流石だ。本来、王家と宮廷政府の深部にいる者しか、封印されている魔王とやらのことを知らないはずだ。あのムーサルクとやらは、何者なのか? 単なる、前王家の末裔では無いような……」
爵位もない3代も前の旧王家の末裔など、普通であれば、ただの一般人である。
「分かりません。密かに、何かしらの伝承を伝えているとか……」
「かもしれないな。言動に注意してよく観察し、報告しろ」
「畏まりました」
そこで、いつも無口なネルベェーンが珍しく声を発した。
「殿下、本当に、魔王様が東から王都へ攻め上るのですか?」
「まさか。聖下がそのような無意味なことをなさるわけがないし、僕がそんな面倒なことをするわけもないだろう」
「安心いたしました」
そこでキレットが、
「殿下、そうしましたら、あの者との約定は?」
「向こうだって、素直に教えるつもりもないだろうさ。ただ、我らが異次元魔王の名で王都に向かって歩いているだけで、王都にとっては無用な重圧になり、結果として対処が我らと偽王子とで二手に分かれる。それで、いいんじゃないか?」
「なるほど……」
キレットが感心してうなずいた。
「流石殿下、感服いたしました」
「キレット、ネルベェーン」
「ハハッ」
「これしきのこと、お前たちも発案、実行できるようになってもらわないと、聖下の世では魔術宰相など勤まらんぞ」
それには、2名とも仰天し、
「お、お待ちください、殿下……! 我らのごとき、一介にして異郷の魔術師などを……」
「今が、謙遜などしている場合か! 聖下の御為に、より一層はげむのだぞ!」
「ハ……ハハッ! イジゲン魔王様の御為、全身全霊、全魔力を捧げまする!」
「また連絡する」
小竜が霧散し、魔力での通信を終えた2人がうなずきあいながら感激と感謝の涙をぬぐっているのを見て、ドアの外を警戒していたホーランコルが全てを察して微笑んだ。
4
一方、ルートヴァンらと別れ、初冬の荒野を進むフローゼ、オネランノタル、ピオラの3人である。
ピオラとオネランオタルは元より知り合いであり、基本的に無言ながらも、時折くだらないことを話しながらわりと和気あいあいとした様子なのだが、未だに魔族にわだかまりのあるフローゼは、不機嫌な顔でオネランオタルとは一言も話さなかったし、ピオラとも特に用事がないのでほとんど話をしなかった。
なお、この魔族への「わだかまり」は、別にフローゼが魔族と何かしらあったわけではなく、創造主であるペッテルの深層心理が体現したものである。ペッテルがストラに帰依することで少なからず乗り越えた今でも、それがフローゼの心に残り続けているのだ。




