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第12章「げんそう」 3-8 リースヴィル

 フードをとって端整な顔を曝したのは、少女ともとれる中性的な顔立ちの美少年で、その不敵な目つきと微笑みが、ルートヴァンそっくりなのだった。髪や眼の色まで同じであった。


 それもそのはず、この少年はルートヴァンが自身の幼いころを模して作った、魔力の塊による「分体」である。


 この世界の分身魔法は、どちらかというと3D映像のようなもので、本体の投影に近い。魔力で物理的に肉感的な実体を持つ「分体」を造り出すのは、意外にもそういう発想がこれまでほとんど無く、ヴィヒヴァルン流魔術を極めたルートヴァンをもってしても、オネランノタルの分体法を知るまで、思いもよらなかったのだった。


 ちなみに、この「分体」はルートヴァンの意思通りに動くが、分体にも人格があり、自由行動が可能である。また、強力な魔術師でもあった。


 「御初に御目にかかります。異次元魔王聖下が第一の使徒、エルンスト大公ルートヴァンの命によりまかり越しまして御座ります、リースヴィルと申します。以後、御見知りおきを」


 リースヴィル少年が、ボーイソプラノの美声でそう云いながら、胸に手を当てて深く礼をする。


 「子供を使者によこすとは、イージンゲ魔王とやら、ふざけておるのか!」


 ゴドゥノが眉を吊り上げてそう怒鳴ったが、ムーサルクが手で制したので、礼をして黙った。


 「ただの子供ではない。使者として受け入れよう」

 「有り難き幸せ」

 「……で、使者殿は、何の御用かな? また、何処から来られた?」


 「我らは今、チィコーザ王国西部のカリーニなる小規模な中継都市に滞在しております。この国へは、異次元魔王聖下の御大業の一端で、一時的に寄ったまで。特にこの国をどうこうするという意思も意図も御座りませぬ。しかしながら、現王はおそらく我らに協力は致しますまい。で、あれば、ムーサルク様におあれましては、聖下へ御帰依賜れば、ムーサルク様を王に奉じ奉る手助けを致しましょう」


 「なるほど……」


 ムーサルクが、ニヤリと笑みを浮かべた。いつもの癖なのかどうか、リースヴィル少年も同じような人の悪そうな笑みを浮かべ、


 (まさか、殿下の御子か? 殿下にそっくりだな……)

 ホーランコルが思わず笑いかけ、口を手で覆ってごまかした。


 ホーランコル達以外の傭兵を含め、ゴドゥノや、伯爵家の騎士たちも何のことやら意味が分からずに、戸惑うようにムーサルクを見つめていた。


 そんな視線の中、ムーサルクが、

 「リースヴィルとやら。では、魔王に伝えてもらおうか」

 「はい」


 「私へ協力し、王とするというのであれば、今すぐ魔王が東から攻め上り、現王家を亡ぼす手伝いをしてくれ。さすれば、こちらも、いくらでも協力しよう」


 「それはできません」


 すました顔で、リースヴィルが即答。ムーサルクが、ひじ掛けにもたれて顎を少し上げ、睥睨するように、


 「なぜか?」

 と、だけ云う。


 「魔王が戦うのは、魔王のみ。もっとも、虫が寄ってきたら、駆除は致しますが……王の椅子取り合戦を理由に、魔王が国を攻めるのは道理が通りませぬ。王を倒す手助けは、我ら配下が秘密裏に行えましょうが……倒すのは、貴方様です」


 「……」


 ムーサルクがニヤニヤした笑いを浮かべ、リースヴィルを凝視した。眼が、笑っていない。


 一方、リースヴィルもルートヴァンそっくりに、まったく・・・・同じ目・・・で見返している。


 「すげえ子供だな」

 思わずホーランコルがささやき、キレットがさらに小さな声で、

 「あれは、殿下が魔法で作ったのです」

 とだけ、帝都語で答えた。


 なるほど……と、ホーランコルが納得し、片眉を上げてリースヴィルを見やった。


 「確かに……私自身が、現宗家を倒さなければ意味がない。他分家や、諸侯、なによりチィコーザの民が納得すまい。だが……イジゲン魔王が戦うべき、チィコーザの魔王……どこにいるのか、私が知っているとすれば、どうか?」


 ギョッとして、思わずホーランコルやキレットがムーサルクを見つめてしまい、あわてて視線をそらした。今の言葉の意味が分かると、悟られてはいけない。何のことやら……という顔をしていなくては。


 「ほう……」


 そっくりを通り越したルートヴァンそのままの口調で、ニヤついたまま、リースヴィルがムーサルクを上目に見た。


 「……それを、教えてもらえるので?」

 「いかにも。ただし、そちらの協力次第でな」


 にわかに話が切迫してきて、高鳴る心臓を努めて悟られぬようにし、ホーランコル達がリースヴィルに注目する。

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