第12章「げんそう」 3-6 正統の証
ジェストルが涙目にも諦観と怒りを混ぜた表情で、両脇を掴まれたままムーサルクと対峙した。
「……なにをしたのだ、偽ムーサルク」
「黙らんか、この……!!」
ゴドゥノがそう怒鳴りかけたが、
「静かにせよ」
ムーサルクに云われ、ピタリと黙った。
「貴様は、魔術師か。閣下の兵や、騎士までもこのように……」
「私は、魔術師ではない。私に着き従ったのは、全て正統王家を信じる正義心からだ」
「私や閣下には、その正義は無いというのか」
「そうなるであろう」
「ふざけたことを……!」
ジェストルが怒りに顔をゆがめてすぐ、むしろ微笑みを浮かべ、
「……殺せ、今すぐにだ。国王陛下と騎士団が、貴様など八つ裂きにするであろう」
「その国王が、かつて我が王位を簒奪した大罪人であるのだ」
「ばかをぬかせ。仮にも王家末裔を名乗るのならば、チィコーザの伝統を知らぬわけではあるまい。かつてナイファール王子に子はいなかったし、いたとしても庶子か何かの、表にできない赤子だったはずだ。その子孫とやらがいまさら何をしようと、正統なわけがない」
「正統の証は、これだ」
またムーサルクが軽く右手を上げ、戦士が小箱の蓋を開けた。
再び箱の中の袱紗のような熱い布に鎮座する「冬の日の幻想」が真っ白い光を放ち、ムーサルクの後ろに控えていたホーランコルらも眼を細める。
その光はすぐに納まり、宝珠は巨大な真珠めいた光沢と光彩を放つ美しい珠に戻ったが、
「どうだ、守備隊長よ。これを見ても、まだ余が正統ではないと?」
「とんでも御座りませぬ!」
ジェストルが両脇をつかむ手を振りほどき、気力充実の様子で胸に手を当てて片膝をついて平伏した。
「ムーサルク様こそ、真に真なるこの国の王! その宝珠の輝きこそが、全てを物語っております! 今、この時よりこのアーロン・ジェストル、ムーサルク様の忠実なるしもべとして、全身全霊を持って御仕え致しまする!!」
その言葉に、ゴドゥノを含めた元からのムーサルクの配下や、伯爵兵や騎士までもが歓声を上げ、歓迎した。
「よくぞ云った、ジェストルよ。さしあたって、今より新たなシャスターク伯爵を任ずるが、その者に側近としてよく仕え、余を支えてくれ」
「仰せのままに!!」
ジェストルが立ち上がり、横に控えると、
「ゴドゥノ」
「ハハア!!」
「余の蜂起に際しいち早く参集し、最も余を信じ、よく仕えている。お前を、新たなるシャスターク伯爵に任ずる。このシャスターの町とシャスタークの地を、よく治めよ」
「有り難き幸せ!!」
拍手が沸き起こり、寝返った伯爵兵や騎士は次々に新伯爵に忠誠の礼をとった。
そのすぐそばには、いまさっき自決した伯爵家の人々の遺体が転がっている。
驚きを通り越して呆れ果てて互いを見合ったのは、ムーサルクの後ろの傭兵たちであった。
「一体全体、何がどうなって……?」
「なんで、オレたちはあの光を見ても、何も起こらないんだ? 傭兵だからか?」
「こいつ……かなりヤバくないか?」
「いつまでも雇われてて、大丈夫か?」
傭兵たちは互いに見合って、喉まで出かかっているそれらの想いを、グッと飲みこんだ。
その夜……。
伯爵の屋敷にゴドゥノとムーサルクが入り、傭兵たちも宿舎から移った。
が、10人ほどの傭兵が、その夜のうちに恐れをなして脱走した。
町中の兵士たちの死体や、自決した伯爵家の遺体は兵士たちがどこかへ運び去った。郊外に穴を掘って、捨てるのだろう。
シャスターの町に人々も、こうなってはどうしようもなく、押し黙ってまず推移を見舞っている。
ホーランコルらは、慎重に盗聴を警戒しつつ、全てをルートヴァンに報告した。もっとも、
「大丈夫だ、この魔力通話を盗聴できるほどの凄腕の魔術師が、そうそういるとも思えない」
「はい」
連絡用の魔力の小竜を介しての通常会話であれば、ガフ=シュ=インでシーキが行ったように専用の魔法の道具で盗聴は可能だ。が、魔力通話ともなると、厳重に防衛された専用回線での秘匿通信に近く、術者であるルートヴァンの設定した魔力の振動数(我々の概念だと周波数に近い)を割り出して、ぴったりと合わせなくてはならない。また、振動数は会話中でも常に変動している。
「とはいえ、小竜の魔力を探知し、何者かが魔力通話で何かしらの連絡を取り合ってること自体は、気取られているかもしれんがな」




