第12章「げんそう」 3-5 おかしな術
「ハハアーーッ!! 仰せのままああにィイイイイーーーッッ!!」
いきなり副騎士団長を含めた騎士全員と、目に見える兵士たちが片膝を着いて平伏し、口々にそう叫ぶ。
ゴドゥノが不気味に眼を光らせ、吸血鬼のように笑みを浮かべた。
(な、なんだと……!! こんなことが……!! しゅ、集団催眠か何かか!?)
ホーランコルも驚いたが、すぐそばにいた傭兵隊長のウィーガーも茫然としているので、
(このおかしな術は、傭兵隊にはかかっていないようだ……!)
そう、判断できた。
驚いたのは、シャスターク伯爵である。
「騎士団と大半の兵が、寝返りまして御座ります!!」
「!?」
当たり前ながら、伝令の云っている意味が、まったく分からなかった。
「なん……!?」
二の句が継げないでいると、もう、城の外に兵士たちの出す喧騒や鬨の声が迫ってきていたので、嫌でも現実に引き戻される。
「……なぁにが起きたって云うんだああああーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
そこに、伯爵家魔術師部隊の火球が容赦なく飛んで、同じく出陣前に伯爵家魔術師部隊が予め施しておいた魔術防御に触れて大爆発を起こした。
衝撃がシャスターの街と屋敷を振るわせ、伯爵が腰から崩れて床に尻餅をついた。
「な……なにが……なに、なに……!!」
さらに、城門に三連続で火球が直撃し、魔法防御を貫いて、豪快に砕け散った。
「進め!! 伯爵を討ち取れい!!」
軍団長であるゴドゥノが先頭に立ち、元からのムーサルク軍と、伯爵家の兵の半分以上が城内に雪崩こむ。
「……まるで、別人だな……!!」
見違えるような戦いぶりのゴドゥノや無頼兵どもを見やって、ホーランコルが薄ら寒さを覚えてつぶやいた。
20人ほどが戦死し、30名余になった傭兵部隊は、元々の任務であるムーサルク護衛につき、宝珠と共に前線に出ているムーサルクの周囲に陣取っている。
「真王ムーサルク様に楯突く真の反逆者、シャスターク伯爵を討ち取れい!!」
ゴドゥノが最前線で剣を振り上げて指揮を執り、生き残った騎士団が元からの伯爵兵と無頼兵を引き連れ、城門から城の敷地内に入った。
ちなみに、「冬の日の幻想」の発する白い閃光を全く受けなかった、その目に入らなかった兵士たちは1,500以上いたが、事態に着いて来れず、何がなんだか分からないまま殺されるか、ほとんど逃走していた。
城内の守備兵は200いるかいないかであり、奮戦むなしく次々に討ち取られ、兵たちが城内の屋敷に雪崩れこむ。
「閣下、閣下! 御逃げを……閣下!」
負傷しつつ守備隊長が伯爵の部屋に入ると、シャスターク伯爵はすでに自害しており、老母と夫人、15から10歳までの4人の子供ら家族がその周囲で泣き崩れていた。
「……閣下……!!」
確かに、このような前代未聞の大失態、たとえ逃げおおせても改易、死罪を免れない。
愕然とする守備隊長を見やり、
「このような不始末、国王陛下に合わせる顔がありませぬ!!」
質素ながら見事な刺繍の入ったドレス姿のベルヤーナ伯爵夫人が気丈にそう叫ぶや、老いた伯爵の母親、4人の子供らがいっせいに毒瓶をあおり、そのまま倒れ伏して息絶えた。
そして最後に伯爵夫人が、
「ジェストル、後を頼みましたよ!」
そう云って守備隊長に微笑みかけ、同じく毒をあおって自決した。
「そんな……そんな! 無責任な! 私めも! 私めも共に……!」
ジェストルが駆け寄り、一家にとりすがって泣いた。
そこにドカドカと兵士たちが入ってきて、強引にジェストルを立たせた。
「きさっ……きさまらあっ……よくも、のうのうと……!」
抵抗しようとしたが、気力も尽き果て、ジェストルは腰砕けのまま涙声でそう云うのが精一杯だった。
「どうします、こいつ」
伯爵家の隊服を着た兵士がそう云い、ゴドゥノが、
「裏庭にでも引っ立てて、殺せ」
冷たく、そう云い放った。
「待ちなさい、ゴドゥノ」
傭兵たちを引き連れ、ムーサルクが伯爵の部屋に現れる。ゴドゥノを含めて、兵士たちも直立不動となった。なお、既に宝珠は宝箱に仕舞われ、ムーサルク直掩の大柄な戦士が、両手で持って付き従っている。
その後ろには、ホーランコルとキレット、ネルベェーンもいた。また傭兵隊長のウェーガー、食堂でホーランコルに話しかけた若い傭兵リードルもいる。




