第12章「げんそう」 3-2 傭兵隊、出撃
「伯爵の城にですか!?」
まさか、敵を迎撃するだけでなく、逆襲して城を襲えとは! まともな思考を持っていたら、とうてい不可能な、自殺行為にも等しい命令だ。が、
「余を信じよ」
怪しく光る「冬の日の幻想」を掲げ、ムーサルクがそう云うと、傭兵たち以外の全員が催眠にでもかかっているかのように眼の色を変えて平伏した。そしていっせいに、
「御任せくだされ!!」
と、叫んだ。
「え、打って出るんすか!?」
あたりまえだが、食堂兼控室でウィーガーの命令を聞いた傭兵たちが、驚きの表情で異議を唱えた。
「無茶な!!」
ホーランコルも、思わずそう叫んだ。
「そうだそうだ、死ぬほどは金をもらってねえぞ!」
これは、最初にホーランコルに声をかけた若い戦士、リードルである。
何といっても、多勢に無勢なのだから。ここは籠城か退却戦だ。もっとも、いきなり伯爵が軍を出すとはさすがに誰も読めなかった。こんなホテルでどう籠城するのか、ここから市外までどうやって脱出するのか、誰にも分からなかったが。
「殿下の御命令だ!! 傭兵は、金の分だけ働けよ!」
「金以上の命令に聞こえるぜ!」
「殿下が、『冬の日の幻想』を使い、敵にイッパツかますそうだ! その機を逃さず、逆襲するんだ!」
ウィーガーがそう云ったが、誰も信じていなかった。
「かますって、なにをどうかますんだよ……」
で、あった。
が、純白のシンバルベリルの力を知りたかったホーランコル、
「しかし、もし、それが本当なら……敵の意表を突き、死中に活で大逆転も夢じゃないんじゃないか!?」
あえて、そう云った。
ウィーガーがホーランコルを見やり、
「名前は?」
「ホーランコルです」
「ホーランコル、よく云った! まずは、殿下を信じ、やってみようじゃないか!」
ウィーガーが椅子の上に立ち、
「我ら、金で働く傭兵とはいえ、歴戦の冒険者のはずだ! 敵は多勢だが、実戦経験もない素人同然の伯爵軍だ! 遅れをとるわけがない! 出るぞ! 腹をくくりやがれ!!」
ウィーガーがそう叫び、傭兵たちも、
「どうせ行くところもねえんだ、殿下を信じて、いっちょうブチかますぞ!」
「それに、逃げるったって、いったんは外に出ねえとな!」
一気に場が引き締まり、意気も昂揚。
「魔術師は、宿を出るまでに適宜補助魔法! 重戦士から前に出ろ! 攻撃魔法は、町に被害を出さない対人系を適当にぶっ放しておけ!」
ウィーガーが的確に指示命令する。
キレットやネルベェーンもここは一般魔術師のふりをし、攻撃力付与、防御力付与、高速化等の通り一辺倒な補助魔法に専念した。ホーランコルには、こっそり特に厳重に防御魔術をかけたが……。
そして、いつでも脱出できるように、ひそかに飛竜を召喚し、上空に待機させている。
「来やがったぜ! 騎兵だ!」
そのとき、ゴドゥノの配下がやってきてそう叫んだ。
「出るぞ! 正面に展開して建物を包囲する騎兵の壁をぶち敗れ! 敵の魔法は、魔術師部隊にまかせる! ちいっと数が多いが、いつもの冒険といっしょだぞ!」
「おおう!!」
傭兵隊は、一気にホテルの正面玄関から躍り出た。
ムーサルクの泊まっている高級ホテルとその周辺の宿や借り上げた民家にいたムーサルク兵は1,000にも満たず、他は町中に散らばっていた。ここで敵を食い止め、参集を待つほかない。ここで負けたら、もうおしまいだ。
そのため、伯爵は町に散らばる無頼兵の討伐に1,500、ムーサルクを討ち取るのに2,000を配置した。
2,000のうち、毛長馬に乗る騎士隊は50だった。50で区画を取り囲み、打って出てきた敵兵を各個討ち取りつつ、機を観て歩兵部隊がホテルに雪崩れこみ、偽ムーサクルを殺す。
一気にケリをつける作戦だった。




