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第12章「げんそう」 2-4 身分証

 「父上」


 こちらは、長女である13歳のアリャーンカ姫が、8歳になる弟のイェヴールを連れて、父王子の部屋を訪れた。厚着をしており、外に出るようだ。


 「庭を散歩して参ります」

 「そうか、気をつけろよ。敵は、外だけではないぞ」

 「分かっております。イェヴは、私が護ります」


 聡明なアリャーンカが、まだあどけない弟の両肩に手をおいて、そう云いきった。


 頼もしい姉姫に眼を細めて、クリャシャーブ、

 「母上はどうした」

 「刺繍をしております」


 「うむ。屋敷の外に出るときは、護衛の兵をつけるのを忘れるなよ。マルフレードの家のものと会うときは、特にな」


 「分かりまして御座居ます」


 礼をして部屋を出る姉姫と弟王子の後姿に、マルフレードが王になったらあの2人にどういう仕打ちをするのか考えるだに恐ろしく、クリャシャーブは、


 (私が王になれるのなら……誰とでも手を結ぶぞ……たとえ、それが敵国の魔王であってもな……!!)


 いま、宮廷内でも噂の、ヴィヒヴァルンのイジゲン魔王に想いを馳せた。



 さて……。

 その、異次元魔王様御一行である。


 ノロマンドルは南北に細長い地形で、帝都に向かう主街道も公国領を横切るように1本しか通っていない。


 それを東に行くと、すぐにチィコーザ王国だ。

 公都ヴォルセンツクから、2日とかからない。


 ただし、チィコーザはウルゲリアに匹敵する面積を持ち、80余州を束ねる帝国内でも有数の大国であり、そこから王都まで20日ほどかかる。


 従って、王の発した国境沿いの警備や入国を厳しくする指令が届く少し前に、ストラ達は国境に到達していた。


 と、云っても、堂々と通ったのではやはりオネランノタルとピオラが怪しまれるのは必定だ。


 しかし、国境の関所など、どうにでもなるのも事実だった。


 オネランノタルの魔力行使にせよ、ルートヴァンの魔法にせよ、透明になって飛翔し、関所を飛び越えても良い。


 真っ黒なのを利用して、夜の闇にまぎれて街道を避け、荒野を超えても良い。

 どうとでもなるのだ。


 ……と、いうわけで、前者を採用し、ピオラとオネランノタルは透明化してそのまま関所の城を難なく飛び越えた。


 「妨害の魔術すらないんだね」

 まだ透明のまま、オネランノタルが半ば呆れて、街道から出城を振り返った。

 「番人よお、ここで、みんなを待つのかあ?」

 「なに、すぐに出てくるよ」


 また、そんな手法があるのなら、全員でそうすれば早いのに……と、フューヴァは思ったが、ルートヴァンが、


 「全員が密入国では、相手にこちらを糾弾するいらない理由を与える可能性があるだろ? こっちは、ちゃあんと関所を正々堂々と通ってきましたって、関所の役人に証明してもらわなくっちゃな」


 「でも、全員じゃねえだろ。ピオラとオネランノタルがよ……」


 「あの2人はいいんだよ、魔族とトロールなんか、どうせ入国許可なんか出ないのだし」


 「へええ……なるほどねえ」

 「さ、行こうか」

 何人かの旅人と共に、6人で関所に向かう。

 「止まれ、止まれ!」

 門前の兵士に云われ、立ち止まる。

 「冒険者か? 商人ではないな?」

 「冒険者だ」

 「なんだ、おまえは、偉そうに!」


 返事をしたルートヴァンがいきなりそう云われ、フューヴァが苦笑。ふだんの態度や口調は、そう簡単には消えない。


 「身分証はあるのか?」

 「もちろん、あるとも」


 魔王がどうのはさておいて、こういう時のための魔法戦士としてのストラの身分証は、ヴィヒヴァルンで正式に発行している。ついでに、プランタンタンとフューヴァの分もである。この2人はもともと冒険者ではなく、広域商人でもないので、身分証とは縁がない。帝国内を越境するための通行許可証を兼ねた身分証を、ヴィヒヴァルンで発行していた。


 なお、ペートリューは魔術師ランゼの元にいるとき、リーストーンで身分証を作っていた。将来、他国の宮廷魔術師や魔法学院の教授、あるいは魔術の私塾講師になるためである。

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