第12章「げんそう」 2-3 確執
クリャスとは、第3王子クリャシャーブのあだ名というか、幼名のようなものだが、兄は決して愛称としてそう云っているわけではない。あくまで、いつまでも子供扱いして見下しているだけだ。
「たわけが!! いい歳をして、何をぬかすか!!」
イリューリが立ち上がり、たまらず怒鳴りつけた。
「ハッ!」
「下がって書物でも読んでおれ!! 我が国と己の祖先達が、どうやって、どういう想いで皇帝陛下とメシャルナー様を御支えしてきたかを学び直せ!!」
「……申し訳も御座りませぬ!!」
云いつつ、ふてぶてしくマルフレードが流し目で王を睨みつつ、踵を返して退室した。
イリューリが深く息をつき、額を抱えてソファに崩れた。
「偉大なる王とはいえ、長生きが過ぎるのも考えものだな!」
宮城内の屋敷に戻り、側近に喚き散らしながら、マルフレードが上着を脱ぎすてた。部屋着に着替え、長椅子に横になるようにふんぞり返って座り、
「いっそ、この偽ムーサルク騒動を機に、御隠れあそばされてもらうか!?」
「殿下、どこにどのような耳が潜んでいるとも知れませぬ。足元をすくわれますぞ」
マルフレード家の家宰である中年男性グリェーゴルに云われ、
「分かっている。口が滑った」
マルフレードが声をひそめた。マルフレードが弟王子の使用人を買収しているように、クリャシャーブ王子の手の者も、どこに潜んでいるか知れたものではない。王に告げ口でもされたら、面倒至極なのは必定だ。
「しかし、クリュスのヤツも同じことを思っているはずだ。このままでは、我らが先に死んでしまってもおかしくない」
「そのために、スヴャーベル様とガールク様がおられます」
その2人はマルフレードの息子達で、イリューリの孫にあたる。スヴャーベルが21歳、ガールクが17歳になる。幸い、この2人は(今のところ)大変仲が良く、ガールク王子はスヴャーベル王の下で大元帥になるのが夢だ。ちなみに、数か月前、スヴャーベルに姫が生まれた。マルフレードの孫であり、王の曽孫になる。
「そうは云っても、私だって王になりたい。なってみたいさ」
座りなおしたマルフレードが急に弱弱しい声を発し、肩を落とした。
「せっかく、この大国の第1王子に生まれたのだからな」
「なりますとも……イリューリ陛下の後を御継ぎになられるのは、マルフレード様をおいて御座りませぬ……」
「そうか……そうだよな」
無邪気な笑顔を見せるマルフレードを、目を細めてグリーゴルが見つめた。
一方……。
「兄上が、父上にどやしつけられただと?」
どこからともなく、さっそくその話が弟王子クリャシャーブの耳に入っている。
「ばかめ、どうせ父上に無理難題をふっかけたのだろう。私を出し抜こうとしてな」
兄と違い、中肉中背で髭も薄いクリャシャーブは、かと云って特別な頭脳派というわけでもなく、マルフレードに云わせたら「小狡いだけ」であった。
本来、兄を助けて王国を盛り立てる立場だが、今はなんとか兄を追い落として王位を得ようとしている。幼いころより特段、仲が良いわけではなかったが、悪くもなかった。それが、どうしてこのようなことになっているものか……。
(アーレリー兄上のようには、ならんぞ……)
クリャシャーブが15の時、2歳年上でこれは格別に仲の良かった第2王子アーレルースケルが亡くなった。すこぶる元気だったのに、いきなり倒れてから2日で亡くなるという、ほぼ突然死だった。
アーレルースケルは聡明で武芸の腕前も良く、イリューリ王にすこぶる可愛がられていた。
そのため、イリューリ王や母王妃、他の親族諸侯も深く悲しんだが、1人、長兄のマルフレードだけが妙にニヤニヤして葬儀に参列していたのを、クリャシャーブは鮮烈に覚えていた。
と、云うのも、
「まだ早い話……」
と、されつつ、実力主義のチィコーザにおいて、将来、第2王子が王位を継ぐとまことしやかに噂されていたため、城内や貴族諸侯の一部で、アーレルースケルはマルフレードに毒殺されたという根も葉もない話が広がり、すぐさま王やマルフレードによって打ち消されたが、
(やはり……!!)
クリャシャーブは、それを今でも信じこんでいるのである。
そして、アーレルースケルの敵討ちというより、
(殺される前に殺さねば、兄が王位を継いだ途端に誅殺される!!)
クリャシャーブはその恐怖の一心で、なんとか兄を追い落とそうとしていた。




