第12章「げんそう」 1-11 自称ナイファール王子の子孫
念のため、キレットが魔力通話を行った。
「どうした、どういう状況だ?」
「ハ、現在、チィコーザ王家筋の旧宗家の生き残りを自称する者の傭兵になりまして、シャスターという街におります」
「旧宗家だと? もしや、血の白昼夢事件のことか?」
「流石殿下、御存じとは」
「またぞろ、自称ナイファール王子の子孫が出たのか。好きだな、チィコーザも」
「しかし、此度の子孫は、冬の日の幻想とかいう魔法の宝珠……それを持っています」
「みな、持っていると云うのだ。見たのか?」
「見ました。相当な魔力を有する、特殊なシンバルベリルと判断して御座います」
「ほう……」
「殿下、純白のシンバルベリルというのは、存在するのですか?」
「純白だと?」
「いかさま」
「効果や製造法は分らんが……特殊な条件下や目的で、通常とは異なる緑や紫のシンバルベリルも存在するとは聴いたことがある。純白も、あるのかもしれん」
「なるほど……」
「待て、しかし……そうなると、現王家に伝わっている宝珠は偽物なのか?」
「分かりません。どちらかの宝珠が、シンバルベリルを高度に加工した贋物だとは思いますが、どちらが真でどちらが贋かは、判断がつきません」
「そうだな」
「如何いたしましょう」
「フフ、当然、そのまま傭兵を続けろ。危急の際は、自由戦闘及び脱出を許可する。できるかぎり、情勢を観察せよ」
「了解いたしました」
「こちらは、聖下の見事なる御活躍でノロマンドルも聖下に帰依し、ヴィヒヴァルンの最重要同盟国となった」
「なんと! 御目出度う御座りまする!!」
「これより、我らもチィコーザへ向かう。帝都で合流は無しだ。チィコーザで合流することとなろう。あと、ノロマンドルの強力な女勇者も仲間になったぞ」
「すばらしい……! イジゲン魔王様の御力と大徳にあっては、これからも次々に強力な御仲間が増えることでしょう!」
「そうだな。では、チィコーザで会おうぞ。油断するなよ」
「ハハッ!! 御任せ下され!!」
2
チィコーザ王国では、近親の親戚筋でよほど王の信任が篤い一部の例外を除いて、王国の政策決定に国内の貴族・領主は携わることはできない。それは、王位継承権を持つ各分家筋であってもそうだった。
王国は、宗家王太子に宗家筋で相応しい相続者がいない場合に限り、現在もチィカールの名を引き継ぐ5つの分家「東宮家」「雪の谷家」「月の塔家」「白鳥家」「南平原家」から相応しい者が互選で跡を継ぐ。実際、現宗家は3代前に東宮家の王子が宗家を継いだもので、当時の宗家もその7代前に月の塔家が宗家を継いでいた。
現王イリューリ・ノヴォリューキュルス・チィカールは、ヴィヒヴァルンのヴァルベゲル王より1つ年長で、今年70になる。この世界、この時代の70歳ともなると、我々の80にも90にもなる。帝国でも最長老君主の1人だった。
スラリと背筋を伸ばし、矍鑠としたヴァルベゲルと違い、わりとずんぐりむっくりで背が低く、長く白い髭が床につきそうなほどだった。かつては鉞や大剣、長槍を振り回す武ばった偉丈夫だったが、いまはすっかりおとなしくなった。痩せて小さくなり、杖もついて、見た目はいかにも弱った老人だが、それは見せかけだけで、その杖で暴漢の1人や2人を余裕で叩き殺すことができる膂力を隠している。
ちなみに、30年ほど前に2歳年下の実弟を神聖帝国皇帝にした功績がある。
背後に近衛第1騎士団の直掩騎士を6人も立たせ、ゆったりとしたソファのような椅子に座ったイリューリの前に、王国の政務を預かる諸大臣が居並んでいた。その後ろに、世襲の高級役人や大臣の個人的な配下が控えていた。
「陛下、シャスターの偽ムーサルク一派ですが、かつての大粛清を逃れて隠れ潜んでいた旧宗家家臣の子孫どもが続々と集まっており、総勢で1,000人を超えた模様です。これまでの偽王子騒動とは、明らかに一線を画し始めて御座ります」
大臣の1人の言葉にすかさず他の者も、
「偽宝珠、よほどうまく作っているものと思われます。また、強力な傭兵を集めているという情報も」
「ふうむ……」
イリューリが、太い眉の下で不気味に光る目を細める。




