第12章「げんそう」 1-8 落としどころ
「しかし……交渉などでは、今の王家もおいそれと王位を引き渡しますまい」
「ま……大きな声では云えませんが……」
歩きながらゴドゥノが声をひそめ、ホーランコルに耳打ちする。
「落としどころは、殿下を宮家か、最低でも貴族として認めていただければ、我々は騎士として仕官できて、御家復興。この困窮生活とは、おさらばなのですよ。少なくとも私の考えは……ね。中には、声高に王位を迫る強硬派もいますが……殿下は、なかなかの人物。落としどころを、わきまえて下さるでしょう」
「へええ……」
ホーランコルが、またまた意外にマトモな考えを持つゴドゥノに感心した。
「その場合、本物だという宝珠は、どうするのです? 王家に渡すのですか?」
キレットがそう質問し、
「それは、分かりません。殿下におまかせします」
ゴドゥノが、肩をすくめてそう云った。
「はあ……」
どうにも、心もとない。
「これでは、兵などそうそう集まりますまい。適当につきあって政情視察しつつ、いつでも逃げられるようにしておきましょう」
街道筋での野営で、ホーランコルがキレット達とそう確認しあった。
ところが……。
街道を進み、チィコーザ東部最大の都市シャスターを目指しているというのだが、シャスターに近づくに連れ、ゴドゥノと同じような兵士連れの一行が続々と合流し始めた。
そして、3日後の午前中に到着したシャスターでは、既に(自称)ナイファール王子4世子孫、ムーサルク3世の評判と噂で持ちきりであった。通りや広場には、王国東部各地より参集した人々であふれ、総勢で、1,000人を軽く超えていた。その規模に、もう街の警護兵を含む領主の兵も迂闊に手出しができないでいた。
ホーランコルやキレットも、その人の多さにまず驚いた。しかも、
「え、この町に、そのムーサルク……様がいらっしゃるのですか?」
「そうです! 後で引き合わせますよ。我ら旧宗家旧臣の子孫が、全国から兵や賛同者を集めているのです。王国西部に出向いている者もいますので、もっと集まりますよ」
「しかし、曾孫によくそこまで……」
「もちろん、ただ自称しただけでは集まりません。過去にも例がありましたが、我らの父祖も参集しませんでした。なぜ今回はこんなにも集まっているのかというと……やはりムーサルク様は『冬の日の幻想』を実際に持っていらっしゃるからです。それが大きい。それが証拠に、これだけの人々が集まっているのです。これまでは、持っていると僭称して実際は持っていなかったし、持っていたとしても、見るからに作り物だったといいます」
「なるほど……しかし、ゴドゥノさんは、その宝珠を御覧に?」
「もちろん! でなくば、動きませんよ! 反乱や騒乱の首謀は、死刑ですからね!」
「確かに……」
その宝珠も気になるが、魔法の宝珠というからにはキレットやネルベェーンで少しは魔力鑑定が行えるだろう。ホーランコルが目配せし、2人も小さく頷いた。
「どのような宝珠なのですか?」
「巨大な真珠のような……真っ白く虹色に輝く、これほどの大きさの見事な宝珠です」
ゴドゥノが両手で、我々のソフトボールほどの大きさを作って見せた。
(シンバルベリルのことか? しかし、真っ白というのは気にかかる……)
キレットがそう思い、口を引き結んだ。シンバルベリルは、閉じこめられた魔力の大きさや濃度によって薄い青から空色、青、群青、藍、薄黄色、黄色、オレンジ、薄い赤、赤、赤黒と進み、そして最後は漆黒となる。白というのは、聴いたことがない。
(後で、殿下に御尋ねしてみよう……何か、特殊なシンバルベリルかもしれない)
「ゴドゥノさん、御帰りなさいまし!」
何人かがゴドゥノにそう声をかけ、ホーラコル達を見やり、
「……こちらは、もしかして、ムーサルク様の御手伝いをしてくださる……!?」
「ああ、傭兵のホーランコル殿、魔術師キレット殿と、ネルベェーン殿だ! みな、帝都の冒険者で、帝都に戻る途中を俺が雇ったのだ!!」
「すばらしい、よろしく御願いします!」
1人の若者が破顔し、3人に握手を求めたので、3人ともそれに応じて適当に挨拶をした。
「さあ、ムーサルク様に御挨拶を!!」
ゴドゥノが大声をあげ、ことさら周囲の注目を集めつつ街の中央部に向かう。ホーランコル達は、物珍しそうに周囲を見物するフリをして、注意深く状況を観察した。
まず、街の人々は、滞在し、たむろするムーサルク一派を迷惑そうに見つめている者が8割、笑顔で迎えている者が2割といった印象だった。




