第12章「げんそう」 1-6 血の白昼夢事件
「反乱を治められなかった罪で、子と孫を失った哀れな老王は廃位。宗家直臣一族郎党全て、それに王子の姉妹の嫁ぎ先など、三族にわたって皆殺しに。その犠牲者は、2万に及んだともされます」
「に、2万!?」
「中には、その東宮家に嫁いだ者もいたといいます。だが、それも例外なく」
「厳しすぎませんか」
思わず、ホーランコルも眉をひそめて息をのむ。国家における「人口」という概念を持つ者が少ない世界とはいえ、多くても100~200万人ほどしかいないだろう王国において2万を殺すとは、大事件である。
「しかも、現王家により厳重なる緘口令が敷かれ……事件を語り継ぐことも許されず……しかし、実際に人々はいなくなり……王都を中心に、2万もの人々が、白昼夢の中に消えてしまったかのようになったのです」
「それで、血の白昼夢事件……と」
「左様」
しかし、それならば、どうしてゴドゥノはこの100年も前の隠された事件のことを、こうして見てきたかのように語っているのだろう?
ホーランコルでなくとも思い至る疑問であり、思わず、ホーランコルがキレット、ネルベェーンと目を合わせた。
(イカサマ師にしては、ツメが甘いな)
そう思い、軽く息をついたところに、料理が運ばれてきた。
田舎料理とはいえ、わりと手のかかったものであり、ジークル鼠肉と根菜のスープ、森林カスタ牛肉の串焼き、さらにはジークル鼠肉のパイ包み焼きであった。そのほかにも、黒っぽく酸味のあるライ麦パンに近い大きなパンがたくさん出てくる。
「さあ、さあ、食べましょう! どうぞ、遠慮なく!」
「はあ」
無料より高いものはないが、食事代くらい持っている。いざとなればこの男に金を払ってやればよいという気持ちで、3人はそれぞれ口にした。
「これは……うまいですな!」
考えてみれば、旅の糧食以外、最後に食べたまともな料理が、ガフ=シュ=イン名物、「茹でただけ」の毛長牛の肉の山盛りだ。
それに比べれば、どんな田舎料理でもちゃんとした人間の食べ物に思えた。
「ところで、ホーランコルさん、御ふたりも」
バリバリと大きく丸い黒パンをちぎり、ジークルのスープに浸して髭の合間に押しこみながら、ゴドゥノが話の続きをする。
「なんでしょう」
「いま、皆様方は、どうして私なんかが、その事件の詳細をこうして語っているか、疑問に思っておられましょう?」
「……」
ホーランコル達の手が止まった。
「……え、ええまあ。だって、事件後は緘口令が敷かれたのでしょう? しかも、100年も昔の話です……伝説にしても、伝わらないでしょう」
「それが、密かに伝わっているのですよ……! ナイファール王子に仕えていた家臣達の、生き残りの家に……ね」
「生き残り……」
「左様」
まさか、という顔で、ホーランコルがゴドゥノの髭面を凝視した。
「我が家は、反乱を主導したナイファール王子近衛隊の生き残りの子孫です。アボーリスは、世を憚った偽名です。元第2近衛隊長ボリヌツァル・ガーベルが曾孫、ゴドゥノ・ガーベルと申します」
と、云われて、も……。
ゴドゥノが苦笑し、そんな3人を見やって、
「これは……帝都で働く御さんかたには、どうでも良いこと……申し訳もありせぬ。仕事の話に入りたいのですが」
「仕事……傭兵ですか?」
「話が御早い。その通りです」
レベヂ酒をあおり、ゴドゥノ、
「ナイファール王子の子、ムーサルクの孫にあたるムーサルク3世殿下が御立ちになり、いま、正統なる王位の返還を求めて、王国を巡っております。我ら旧宗家直臣の子孫はいまこそ殿下の元に集い、王位の正当性を訴えて、人と兵を集めております。私も賛同者を求めて、はるばるのこの村まで来ているのです!」
「兵を……まさか、反乱に加担しろと!?」
「いえいえ」
ゴドゥノがニヤッと笑い、一瞬、険しい表情を浮かべたホーランコルを手で制した。
「反乱にはなりません。もっとも……現宗家が攻撃を仕掛けてくるのなら、当然、防衛のために戦いますが」




