第12章「げんそう」 1-4 ゴドゥノ
「あんたら旅のもんに説明しても、いきなりは分からないだろうけどね……ナルファーイ王子の子孫を名乗るムーサルクという人物が現れて、その家来が村を訪れているんだよ」
「???」
ホーランコルが、キレット達と目を合わせる。当たり前だが、全く意味が分からない。
「え、誰の子孫ですか?」
「ナルファーイ……いやまあ、くわしくは、ゴドゥノさんの話を聞いて。冒険者も募っているんだ。傭兵としてね。ちょうどいいかと思ってな」
冒険者が傭兵も兼ねるのは、この世界のごく一般的な雇用形態であった。
「ゴドゥノさん……ゴドゥノさん!! ちょうど、冒険者が村を訪れましたぜ!」
男性の大声に、ロビーに集まって話を聞いていた30人ほどの村人たちと、演説会のように前で熱心に話していた髭面の大柄な男が、黙りこんでホーランコル達に視線を送った。
天井にたくさん吊り下げられた燭台の光にうっすらと浮かび上がるホーランコルと、なによりキレットとネルベェーンの南部人の顔立ちに、みな驚いて眼を丸くした。
「ガントックから帝都に戻る途中の、冒険者の方々ですよ」
「帝都の!!」
大柄で長く黒々とした髭面に長髪のゴドゥノが椅子代わりにしていた木箱から音を立てて立ち上がり、驚きの中にも笑みを浮かべて両手を広げた。
だが、その澱みに不気味な光を放つガラス球のような眼を見やって、ホーランコル、
(フ……典型的な、イカサマ師だ)
と、看破した。
(ま、話くらいは聞いてやるか)
「これは頼もしい! このような辺境で帝都の冒険者と巡り合うのは、天祐というもの! さ、さあ、どうぞこちらへ! どうか、私の話を聞いていただきたい!」
手で村人らに道を開けるよう指示し、ゴドゥノが意外に澄んだ張りのある声をあげる。良く通り、人の心に染みわたるような深いバスの美声だった。
(イカサマ師どころか、こいつ、扇動者だ)
ホーランコルの顔が、にわかに引き締まった。
「さ、さあ、前へ、前にどうぞ。おい、食事の用意を! 村に来たばかりですか? どうか、食事をしながら話を聞いていただきたい! 私のおごりだ!」
「いいえ、それには及びま……」
「みなさんも、今日はもう暗くなってまいりましたし、この辺で! どうか私の話を信じ、ムーサルク様を御信じになられるのであれば、誰がこの国の正当な王であるか、御分かりかと存じます! 共に、真の王位継承者を御支えしましょうぞ!」
「……!」
ゴドゥノの言葉に、ホーランコルが息をのむ。思わずキレットを見やり、キレットが小さく頷いたので、
「傭兵を御探しとか」
「いかさま! さあ、どうぞ食堂へ。働き次第では、チィコーザ王国の宮廷騎士も夢ではありませんぞ!」
「なんと、それは……!」
ウルゲリア聖騎士の夢を断念し、冒険者となったホーランコルにとって、なんとも胸をくすぐられる言葉だった。
(イジゲン魔王様に御仕えする前であれば、ホイホイと話に乗ったかもしれん……)
そう思いつつ、ゴドゥノについて薄暗い食堂に入る。
「魔法使いの御ふたりも、宮廷魔術師に興味はありませんかな?」
「もちろん、ありますとも」
キレットがそう答え、ホーランコルに続いた。
「さあ、さあ! 宿も空いてますよ。おい! いい飯と酒をたのむよ! 金なら、ちゃんとあるからな! この御さんかたの宿泊代も払うからな!」
「へい! 御有り難うございやす!」
普段は街道を通る少ない旅人や、林業の人足を泊める田舎宿のオヤジが、破顔してゴドゥノにペコペコと礼をした。
さっそく、チィコーザ名物の蒸留酒である「レベヂ」と、前菜であるキノコや野菜の酢漬け、山鳥の肉の燻製などが運ばれる。チィコーザでは、南部や宮廷でワイン類が飲まれるが、ほぼ全土に渡ってもっぱら雑穀や大麦(のような穀物)から造られる各種の「レベヂ」が飲まれていた。
「さあ、さあ! まずは乾杯! 乾杯をば! 我らの出会いを祝して!」
「……乾杯!」
小さな金属製のカップで酒を一気にあおり、豪快に髭元をぬぐったゴドゥノ、毛むくじゃらの大きな手で前菜の乗った小さな木皿ごと口に入れる勢いで、一口で皿を空けてしまう。
その異様な迫力に気圧されつつ、ホーランコルらもカップを空けた。ウルゲリアも蒸留酒は一気飲みをするのが慣習だったのでどうということはなかったが、あまり強い酒を飲む習慣のないキレットとネルベェーンはむせてしまった。




