第11章「ふゆのたび」 5-1 冬の旅
そして、今にも消え入りそうなか細い声で、
「か……閣下、どうぞ、御座りくだされ。閣下の椅子を、今まで護っておりました」
そう云って、席を譲った。
その言葉を聞いた途端、スヴェルセルリーグは目に一杯の涙を浮かべ、孫に接するように膝をつくと、その可憐な手を両手でとった。
「ペッテル殿……どうか御許しくだされ……ペッテル殿を棄てて遷都した、愚かな我が父の所業と……これまでの我が家の行いを……」
もう言葉にならず、ペッテルの手に額をつけ、滂沱嗚咽する。
ペッテルはどうしてよいか分からず、ルートヴァンやストラ、フローゼを見やって、ただ狼狽えるばかりだった。
ルートヴァンが、フローゼを小突いた。
「ペッテル」
フローゼが、優しく声をかける。
「閣下に、御言葉を」
「あ……」
ペッテルが、震える声で、スヴェルセルリーグに話しかけた。
「あの……」
「なんでしょう」
涙でグシッグショを顔を上げ、笑顔で、スヴェルセルリーグがペッテルの言葉を待つ。
「ね、願わくば……閣下……私は、このまま、ここで静かに暮らしとう御座りまする……。ここで、イジゲン魔王ストラ様の御為に……我が全身全霊全魔力を持って……御仕えしとう御座りまする……そのために……」
「もちろん、我が国を挙げて、ペッテル殿に御協力致しましょうぞ」
「あ……」
ペッテルの、蟲類の黒い大顎が、横に開いた。
「共に、イジゲン魔王様の御為に!」
「ありがとう……御座りまする……」
ペッテルの長きにわたる「冬の旅」が、終わった瞬間であった。
5
その日の午後、やおら黒い雲が低く垂れこみはじめ、周囲が暗くなるや、白いものがちらついてきた。
「急に、寒いな」
フューヴァが、輜重兵の用意してくれた暖かいスープを手に、有難くそれを頂いた。戦争糧食の乾パンを、スープにつけて食べる。
兵たちは城の中庭にめいめい天幕を張り、野営の準備に入っている。フューヴァとプランタンタン、ペートリューも、その一角に間を借りた。オネランノタルとピオラは、いつも通り真っ黒いフード姿のまま、どこかへ消えている。
「あったけえ汁物が、ありがてえでやんす」
プランタンタンも、木の器に入ったシチューのようなホルバル羊肉と冬菜の濃いスープを木のスプーンで口に運び、顔をほころばせた。
「ペートリューはどこだ?」
「知らねえでやんす」
「どっかで飲んだくれるのはいいけど、この寒さじゃ、朝には冷たくなってるぜ」
「これを食っちまったら、探しやしょう」
探すもなにも、ペートリューはフューヴァとプランタンタンのいる場所のすぐ近くの崩れた建物の壁の奥で、酔いつぶれて死体のように寝こけている。瓦礫の端から足だけ見えている様は、まさに殺人事件だった。
そんなキャンプの片隅では、ストラが腕を組んでどこか遠くをひたすら見つめたまま、彫像のように佇んでいた。
屋敷の奥の間の、幾分か雨風をしのげる部屋で、ペッテル、スヴェルセルリーグ、ハルヴォール、近衛隊長のアルヴエル、ルートヴァン、そしてフローゼが、会談を行っている。ルートヴァンの魔術と、ペッテルの発明した、云わば「魔力ストーブ」で、暖を取っていた。
議題は、「チィコーザがペッテルの排除を返済猶予の条件にした理由」である。
心当たりにして核心は、ペッテルの次の発言だった。
「フローゼが世界中を回って仇の魔族を探索していたときと、またその後の冒険で得た情報のうち、私は魔王に関する情報も得ておりました。既にストラ様が御倒しになった魔王のうち、レミンハウエル、ロンボーン、リノ=メリカ=ジントに関しては、私も知っていました。ウルゲリアの聖女に関しては、あの国は探索に不向きで……逆に、聖女が魔王ということは知りませんでした。そして、チィコーザにも、魔王の痕跡が……」
「チィコーザに魔王がいたとは、全く初耳だ。ペッテルよ、間違いはないのか?」
ルートヴァンに問われ、ペッテル、
「いいえ、今はおりません」




