第11章「ふゆのたび」 4-8 6億トンプ
オネランノタルの言葉に、みなが眼をむいた。
「6億、足りねえでやんす」
「私の次元庫は、使用不能です」
プランタンタンとストラが続けざまに云い放ち、その後、みな絶句した。すがるような眼で、スヴェルセルリーグとハルヴォールがルートヴァンを見やった。
「あ、う……む……」
さしものルートヴァンも、唸る他ない。実家から手配しようか……などと賢明に考えていたとき、部屋に魔力で声が響いた。
「6億トンプ、私が御用意いたします」
明らかに人間の声ではない、合成音のような少女の声に、スヴェルセルリーグやハルヴォールを含む、控えの間の公爵家の人間が震え上がって天井や壁を見やってキョロキョロした。
「ペッテル」
ルートヴァンが答え、呪われし公女の声と分かって、さらに恐れおののく。
「よいのか? それに、それほどの金を持って?」
「はい。もともと、父が残していた御金です。それを、この80年で増やしました。フローゼを使って……各地の冒険で得た宝物や、それに、魔王様が滅ぼしたフランベルツのギュムンデでも、かなり儲けさせて頂きましたよ」
フューヴァが口笛を吹き、
「フッ……なんと」
ルートヴァンも楽しそうに、口元をゆがめる。
(フローゼを使って……?)
スヴェルセルリーグが、フローゼを見つめた。フローゼは話の展開に声も無かったのだが、説明しようとして口を開きかけた。が、
「公、それに公子よ。ペッテルは、この通り公国に害を成す気は毛頭ない。ただ、生まれた城で、静かに暮らしたいだけとのこと。異次元魔王様の聖名の元に、和解せよ」
ルートヴァンにそう云われ、スヴェルセルリーグとハルヴォールが、涙目でストラを見つめた。
「2人とも、ペッテルに会い、和解してください」
「え……会うので御座りまするか!?」
「そうです」
「しかし……」
「会いなさい」
象嵌のような美しくも冷たいストラの眼に射すくめられ、2人は凍りついていたが、
「お、仰せのままに!!」
席から立ち上がり、母子して片膝をつき、深く礼をした。
とたん、部屋の中にいた衛兵や家宰、高級役人などが、いっせいにストラに跪いた。
翌々日。
公都ヴォルセンツクで、「イジゲン魔王ストラ聖下の名と仲介において、公爵家は呪われし公女と正式に和解し、公爵が83年ぶりに旧都スヴェルツクを訪れる」と、正式に布告が発令された。
馬車で魔の森は越えられないため、公爵は輿に乗り、公子ハルヴォールは毛長馬に乗った。その他、家宰兼家老を城代として残し、高級役人や護衛の兵士、大量の旅道具を運ぶ人夫など約100名を付き従えていた。
ストラたちは、ストラとルートヴァンが馬をあてがわれたので馬上となり、他の者たちは従者扱いで徒歩で付き従って、再度スヴェルツクに向かう。
ちなみに、フローゼも馬で公爵に付き従った。
一行は都民領民に見送られ、堂々とヴォルセンツクを出発した。
「大げさだなあ」
それを眺めてフューヴァがつぶやいたが、
「人々に、ペッテルとの和解を見せつける狙いがあるからね」
馬上でルートヴァンがそう答えた。
「なるほどね」
フューヴァは、ルートヴァンより少しずつ政を学んでいる。
当然、旅の途中にペッテルの放つ魔物は現れない。
魔の森の手前で野営となり、天幕が幾つも建てられ、輜重兵が手早く食事の支度をする。
分厚く大きな天幕の中、簡易ストーブを設置して暖を取り、用意された移動用の長ソファでスヴェルセルリーグが休んでいると、
「御休みのところ、失礼致します。閣下、フローゼ様が……」
「通しなさい」
緋色の火竜革の軽装甲に薄い亜麻色の上下に薄い無地の真っ赤なケープマントといういつもの姿で、フローゼが現れた。思えば、夏も冬もフローゼはこの格好だ。暑さも、寒さも感じないからである。
先に、ルートヴァンよりそれとなく事情を聴いていたスヴェルセルリーグ、いきなりフローゼがソファの前で片膝をつき、真っ赤な蓬髪の頭を下げたまま一言も発しないので、
「いかがしました、フローゼ」




