第11章「ふゆのたび」 4-4 公都に戻る
ペッテルは強力な魔力を有しているが、魔術師というよりは、魔法の道具を発明する魔法技術士に近かった。
魔法も含め、直接戦闘はまったく得意ではなく、直に攻撃されると、ひとたまりもない。
従って、護身のためにもこの10年ほどフローゼを公爵家に近づけて信用と情報を得つつ、じっさいに公女退治を行う勇者たちを、フローゼを使って裏で排除してきた。
その際、スパイであることを隠すため、フローゼの記憶を改竄した。フローゼは、自らが公女の造り出した護身用兵器であることを忘れ、焔の女勇者フローゼとして生きてきた。
いま、それを解除し、フローゼは全てを知った……いや、思い出したのである。
さて……。
「公爵家が、私の安全を保障するのであれば、私はイジゲン魔王様のために全身全霊、全魔力をもって御尽くし申し上げ、御仕え致します」
これが、ペッテルの条件である。
「心配無用、公爵家に嫌とは云わせん。ただし……ペッテルよ、お前に、スヴェルセルリーグ公と会う勇気があるかな?」
「えっ」
ペッテルが息を飲み、フローゼを含め、ピオラやプランタンタンらもペッテルを見つめた。
「わ……わわわ私が、ここを出るのですか?」
もう、声が震えている。
ルートヴァンが苦笑しながら、
「僕が連れてくるよ。よいか? で、なくば、いかに聖下の御勅命によりいったんは和解したとして、いつか必ず公爵家はお前さんの退治を再開する。いまが、千載一遇の好機だと思うが、ね」
ペッテルがうつむき加減になり、
「……はい……」
と、ささやくように云った。
「ペッテル……私の生みの親にして、可愛い友人……」
フローゼが、たまらず、ペッテルを抱きしめる。
「何も心配はいりませんよ」
ペッテルも抱き返し、
「フローゼ……ごめんなさい、私は、勝手に貴女の記憶を……」
「私の全てを、貴女が決定してよいのですよ。私は、貴女を護るために生まれたのだから」
「公爵には、なんて云うつもりなんだい?」
漆黒ローブ姿のオネランオタルに云われ、まだ少しわだかまりの残るフローゼは怯えるペッテルを庇うように、
「閣下には、包み隠さず申し上げる。それで、私を許さないのであれば、その時まで」
「優先順位は、決まっている……ということかい?」
「そりゃ、そうだろうさ。ま、無理に真相を話す必要もないだろう。公女においては、何日か待っていてもらおうか」
ルートヴァンが話を切り上げ、その日の午後には、一行はいったん公都に向かって出発した。
「なあフローゼ、記憶って、どんな感じになってるんだ?」
魔の森も、こころなしか初冬の淡い日差しが差しこんで、明るい雰囲気に思えた。
心地よい音を立てる落ち葉を踏みしめて、何とはなしに、フューヴァがフローゼに尋ねた。
「そう云えばそうだったー、って感じ、かな」
「へえ……」
意外にフローゼが軽い調子なので、もっと記憶の改竄に思い悩んでいると思ったフューヴァは不思議だった。
「しかし、あの魔法の機械は凄かったねえ、フローゼ。あそこまで追いこまれた攻撃は、初めてだったよ」
音もなくオネランノタルが隣に来て、真っ黒い姿のままフローゼに語りかけたので、フローゼがビックリして身をすくめ、
「あんたに、名前で呼ばれる筋合いは無いんですけど!! そもそも、話しかけないでちょうだい!」
「なんだよ、つれないなあ~~。私は、公女をあんな風にした魔族とは違うよ~~」
「魔族なんか、みんないっしょだっての!」
「公女をよくよく調べれば……どうやって虚弱な人間の幼体と強力な魔族を融合させたか、分かるかもしれない。そうすれば、元に戻す方法も……分かる……かもしれないよ」
「!!」
ギョッとして、フローゼが小柄なオネランノタルを凝視し、思わず立ち止まってしまった。
「番人よお、あんまり思わせぶりなことは云わねえほうがいいぞお」
大股で歩きつつ、皆とうまく歩調を合わせているピオラが、そう云って歩きながらフローゼの肩をポンと叩いた。ちなみにピオラ、真っ黒いフード付ローブとマント状の中間のような、フードを取った長ケープを羽織ったような姿だ。ケープの下は、オネランノタルの魔力により常に冷気が漂っている。




