第11章「ふゆのたび」 3-7 魔人
刀を納めたフローゼ、日の丸扇子を広げたまま無言で不思議な踊りを踊っているストラを見やって、興奮を隠せなかった。
(あの人なら……この部隊……いや、この軍団なら、きっと勝てる……! あの魔人に……! そして、呪われし公女にも……!)
その後の襲撃はなく、「魔の森」(と、呼ばれていたことを一行は後で知った)の隅で2日目の野営を過ごし、森を抜けた翌日の昼前には、かつて栄華を誇った旧公都スヴェルツクが見えてきた。
しかし、放棄から80数年の時を経て完全に廃墟と化し、一部は森林に飲みこまれている。葉が落ちているので都市の内部が見えるが、盛夏のころであったならば、緑で廃墟もよく見えないほどだろう。
その廃墟の奥に、廃城と化した公爵家の旧宅があった。一行の位置からは、大屋根の一部と、先端や屋根の崩れた塔がいくつか見える。実質的な見張り台というだけでなく、尖塔の数や高さが、威厳や威信の象徴であった。
「あそこに、呪われた公女が鎮座ましましているというわけ……か」
半笑いで、ルートヴァンがつぶやいた。
「マジで油断は無しで御願い、大公」
フローゼが緊張した面持ちで、つぶやいた。
「そう云えば、夕べは聴きそびれて寝てしまったが……お前さんが何度か敗退したときに襲ってきた、その魔人とやらは、どんなやつなのだ?」
何をいまさら……という嘆息を隠せず、フローゼ、
「それに関しては、本当に申し訳ないけど……妙な能力を使うヤツで……私も、たちまち意識が朦朧として……脱出するのがやっとで……」
「ふうん……妙な能力とは?」
「何人もいた魔法使いが、バタバタと倒れて……勇者や戦士の魔法の武器、多重魔法効果も次々に無効化されて……」
「そんなこと、1人の敵がどうやってやるんだ?」
思わず、ルートヴァンも尋ねざるを得なかった。考えもしない効果だ。対魔法効果にしても、大規模かつ強力すぎてちょっと想像がつかない。個人対応ならまだしも、凄腕の勇者パーティが丸ごと壊滅するほどの対魔法効果など……。実は、敵は1人ではなく複数ではないのか?
「まったく、分からない」
「隠れて、魔人が何人もいたとか?」
「いや、1人だと思う。あんなのが何人もいたら、それこそ……」
「ふうむ……」
そこで、オネランノタルに魔力通話。
「広範囲かつ強力な、対魔法術結界でも展開してるんでしょうかね?」
「うー~ん、ちょっと私にも分からないなあ。その半魔族とやらが、あの廃墟に居座っているのなら、なにか厳重な法を構築しているのかもね」
「ですな……」
「どうする? 大公。みすみす、罠に飛びこむのかい?」
「僕はともかく、オネランノタル殿の魔力を封じるほどとは思えませんが」
「よく云うよ……」
「それに、おそらく聖下には何の意味もありますまい」
「魔力をいっさい使わないんだからね!」
「なんにせよ、敵を知らなくては……対処のしようもありません」
「油断はしないけど……どんなヤツか、楽しみでもあるよ……イッヒヒ……!」
「いつでも脱出できるよう、心構えを」
「了解だよ!」
通話を終え、ルートヴァンが歩きながら再びフローゼへ、
「お前さんも強力な魔法戦士ゆえに、何らかの影響を受け、意識が混濁したのだな?」
「かもね……分からないの、まったく。何がどうなったのか……2度目の戦いでは、少しは見極めようと思ってたけど……一太刀も浴びせられなかった」
「……」
ルートヴァンはフローゼを横目に見ながら、
(ちょっと、よく分からんな……こいつが本気を出せば、その程度の対魔法効果など無視して、倒せずとも敵に一太刀くらいは浴びせそうなものだが……)
そうこうしているうちに、一行は木々や藪が点在する荒れ地となった街道を通り、昼の少し前、旧都へ入った。
寒々しく、曇天が迫ってきていた。
心なしか、気温も下がってきた。
「うすら寒いぜ」
周囲を見やって眉をひそめ、フューヴァが身を震わせる。
深閑として、風の音すらなかった。
大通りを行く一行の足音だけが、廃墟の通りに響いた。
ルートヴァンがふと見やると、柄にもなく、フローゼが緊張して小刻みに震え、既に刀の柄に手をかけている。




