第11章「ふゆのたび」 3-3 気配が無い
炎を食らった蟲は一撃で甲殻が融解、爆発し、魔力中枢器官まで燃焼が到達して全身が砕け散って風に消え去る。冷気をぶつけられた個体は同じく凍結を通り越して瞬間冷凍により魔力の流れが止められ、活動を停止して地面に落ちると自重と勢いで砕け、魔力中枢器官を破壊されて粉々になった。
7体を十数秒で全駆除せしめたオネランノタル、地上に向かうと、もう先頭の1匹がフローゼと接触していた。
「エエエエエイ!!」
気合発声と共に刀から炎が吹き上がり、両手持ちの刀を逆袈裟から燕返しに突き上げると、巨大な甲羅を持った蜘蛛のような怪物が怯んで大きく仰け反った。
そこをすかさず、燕返しから連続袈裟斬りの大車輪をかます。すると、炎が環となり、環の刃となって仰け反った魔物を腹側から切り裂いた。
その刃が魔力中枢器官に達し、魔物はグズグズに身体が崩れ、やがて土の塊のようになる。
このように、フローゼ級の勇者や、勇者のパーティでけして倒せない相手ではない。
数匹ならば。
問題は、数の暴力だった。
こんなバケモノに、20も30も来られては、いくら第1級の勇者のパーティがさらに複数であっても苦戦は免れない。
それが、どうだ。
「イヒヒヒヒヒヒヒ!!!! アヒャヒャヒャヒャ!! よっっわいなあ!!」
フローゼが1匹倒している間に、オネランノタルの放った大型魔法の矢に高熱プラズマ炎をまとわせた炎の矢が上空から空爆のように降ってきて、フローゼに襲いかかろうとしていた残り数匹の魔物をほぼ同時に全て撃退した。
「……!!」
フローゼが呆気にとられて、数メートルも燃えあがって魔物の残骸を焼きつくす火柱を凝視した。
「あー、弱かった。こんな雑魚を、大公やストラ氏にまかせられないよ。きみも、そう思うでしょ?」
フローゼが、いつのまにかすぐ隣にいて、ストラ達のところに歩きだすオネランノタルの魔族の素顔をゾッとして見やった。ケバケバしい黄色の地肌に、黒のストライプのような線模様は、まるで警戒色のスズメバチの腹のようだ。そこに、黒と碧の瞳の眼が、4つある。顔全体は華奢な少女のようで、声はまるで機械音声かヴォーカロイドのような合成音に近かった。これは、もちろん魔族に口のようなものはあっても肺も喉も声帯も無く、魔力でしゃべっているからである。さらに、その額に鈍く光っている小さな4つの赤い宝石のようなものは、全てシンバルベリルだ。
(クソ……魔族め……思い上がるなよ!!)
とはいえ、たった1人でこれだけの強力な魔物の群れを撃退したのは事実だ。
(これが……イジゲン魔王一行の実力か……!)
フローゼが、素直に戦慄した。
その日の夜営、大きな焚火を囲むプランタンタン達の能天気さや、どこから出てきたのかもよく分からない大量の肉を貪るピオラの食欲、寝転がって昼間の戦闘を意にも介していないルートヴァンの余裕、どこかに消えたオネランノタル、少し離れたところでひたすら妙な動き(ラジオ体操である)をして虚空を見つめている、夜番というには少し様子のおかしい(そもそも魔王が夜番!?!?)ストラ、なによりルートヴァンによる寒さ避けの魔術など、フローゼにとっては驚きを通り越して常識外れのことばかりで、言葉も出なくなった。
(これが……魔王の旅……どいつが魔王だか、ますます分からなくなってきたぞ……)
もしかしたら、プランタンタン達の中の誰かが従者に偽装した魔王なのではないか、と思えてきた。
そんなフローゼの心中を察したように、
「……聖下が、少し調子が悪いのは確かだが、まぎれもなくあの御方が異次元魔王様だ。なに……強力な敵と戦う時は、一時的だが、ちゃんと元に戻られる。聖下があの調子のままということは、我らで対処できる相手ということなのだ」
寝転がったまま、ルートヴァンがそう云った。
「……」
そう云われたフローゼが、座ったまま振り返って再びストラを見やったが、ストラはもう闇に隠れて見えなくなっていた。
「……まったく、何の気配もないんだね、あの人……。あんな人は、見たこともない。達人が気配を消すっていう感じじゃない。最初から、気配が無いんだ」
「異なる世界から、この世界に来られたらしいからな」
「意味がわからない」
「僕もよく分からん」
「仕えてるんでしょ?」
「仕える相手のことを、一から十まで知る必要があるのか?」
その言葉に、フローゼがハッとして小さく息をのみ、黙りこんだ。




