第11章「ふゆのたび」 3-2 オネランノタルの出番
内側をオネランノタルの魔力使用で冷凍庫めいた温度にしている漆黒の魔力ローブをマントのように展開し、初冬にしては暖かい空気に白い冷気の靄を作って、ピオラが前に出る。
「そんなこと、いつきめたんだよピオラ! またくじ引きするかい!?」
オネランノタルも、負けじと前に出る。ルートヴァンが余裕の表情で、
「そんな暇は、なさそうですが……」
30はいるであろう魔蟲の外観が、見え始める。
大きい。
まだ距離があるので、カラスが何かのように見えるが、全長は数メートルもあるだろう。
形容も名状もしがたい、あらゆる不気味な蟲の類をまぜこぜにしたような外観だ。しかも、空を飛んでいるものだけではなく、平原をものすごい速度で走ってきている物もいる。
「くっ、来るよ! あんた達!!」
フローゼ、さすがに焦って逼迫した声を上げた。
「大公が決めてよ!」
「じゃあ、オネランノタル殿で」
ピオラの「なんでだよお!」という声と、オネランノタルの「さっすが大公だね!」という声が同時に響いた。
「うっひひャアアああーーーーーッッィイイーーーーッヒヒヒヒヒ!!!!」
楽しそうに走って前に出るオネランノタルを、
(クソ魔族め!! なんでそんな嬉しそうなんだ、ふざけやがって!!)
という思いで睨みつけつつ、そこは割り切ってフローゼもあとに続く。
「タイコー!! なんであたしを出さねえんだあ!?」
地面を踏み、怒りで目を赤く光らせ、拳を握ったピオラがルートヴァンに食ってかかった。
が、ルートヴァンはすました顔で、
「ピオラよ、恐れ多くも聖下に魔物を退治して御観せすることで、フローゼにひっくり返された腹いせをしようなどと思うなよ」
「ウ、ウッ……!!」
自分でも明確に認識していなかった腹の底の想いを看破され、ピオラが思わずストラを見やった。
ストラは、後手にプランタンタン達3人をかくまうように(というより、3人がさっさとストラの後ろに下がった)腕を組んで仁王立ちで立っていたが、チラリとその象嵌めいた不思議な光を放つ半眼をピオラに向けた。
「ウ、あ、ハハッ! あ……も、もうしわけもないですう!!」
ピオラが大柄な身体を縮め、ペコペコとストラに頭を下げた。
「ど、どうしたんでやんす?」
「さあな」
プランタンタンとフューヴァが驚いてそんなピオラを見つめ、ペートリューが水筒に入れなおしたノロマンドル名物の甘口白ワインをがぶ飲みした。
フローゼが、オネランノタルの足の速さに驚いている間に、オネランノタルは既に地上近くを飛翔しており、魔力のローブを脱ぎ捨てて魔族の素顔を曝していた。そして、ローブを構成していた魔力で、得意の大型魔法の矢を同時に8本も出すと、次々に発射した。
キラキラと微細な光を引き延ばしながら銀色の矢が高速で飛び、地対空ランチャーめいて空中の魔物に向かった。
それらが一斉に命中する頃には、地上を走る魔物に向けて、もう8発の大型魔法の矢が飛んでいた。
そちらは、まさに地対地ランチャーだ。
ものすごい速度でまっすぐに魔物めがけて突き進み、全弾命中したばかりか、強力な甲殻を持つはずの魔蟲が、一撃で木っ端微塵になって風に散った。
「すごッ!!」
思わず、フローゼが走る足を止めてしまった。
まだ近づいてもいない魔物の群れを、いきなり16体も倒した。
残っているのは、上空に7体、地上に10体いるかいないか、だ。
「アヒャアーーッハハハハハーーーッヒャヒヒヒヒシャッシャシャシャ!!!!」
オネランノタルが四つの眼を喜悦に光らせ、その右手に炎の塊を、左手には冷気の塊を出し、飛翔しながらまず空中の7匹に向かって飛び上がる。
「こんな在り来りなムシしか創れないんじゃ、公女とやらもたかが知れてるねえ!」
云いながら、数メートルはある強力な魔蟲どもの合間を高速で飛び回り、右手の炎と左手の冷気を次々に叩きつけた。
ただの炎と冷気ではない。
炎は摂氏3,000℃でもはや高熱プラズマ、冷気はマイナス200℃に及ぶ。人間の扱う魔力の数千倍を瞬時に扱っているのだから、そうなる。




