第11章「ふゆのたび」 2-18 とんだ道草
「見事、聖下がこの件を納めた暁には……ヴィヒヴァルンに続き、ノロマンドルは異次元魔王聖下に帰依していただく」
「なんですって……!」
スヴェルセルリーグが息をのんだが、すぐに真剣な顔になり、
「分かりました」
「かっ……!!」
フローゼの美しい切れ長の赤い眼が、これ以上も無いほどに見開かれた。
そんなフローゼを君主の目で制して、スヴェルセリーグ、
「期待しておりますよ、殿下」
「御任せあれ」
フローゼは、ニヤニヤした嫌らしい笑みを崩さぬルートヴァンに、最後まで不審をぬぐえなかった。
「当然、私も加えてもらいます」
「それは勿論、かまわぬが……」
「なにか、御不満でも?」
「真っ先に、逃げることの無いようにな」
「なんだと……!」
「フローゼ!」
ついに声に出して、スヴェルセリーグがフローゼを窘めた。
「申し訳御座りませぬ、殿下。この子は、意外に熱情的で……」
「フ……焔の女勇者の銘に恥じぬことで、大変けっこうかと」
フローゼが、鼻っ柱をゆがめて、ルートヴァンを睨みつけた。
(自分で誘っておいてなんだけど……高慢ちきな王子に、得体のしれない魔王……なんにせよ、魔族を仲間にするような輩だ……どこまで閣下の御役に立つものか……!)
そうしてストラ一行は、ノロマンドルで謎の「呪われし公女」退治を請け負うこととなった。
「とんだ道草じゃねえか」
公都の高級宿に入った一行であったが、ピオラとオネランノタルは宿など必要ない(また、ピオラには狭すぎた)ので、どこかに消えてしまった。プランタンタン達3人が相部屋、ストラとルートヴァンには個室が用意された。ちなみに、ストラとルートヴァンは城で豪華な貴賓室の使用を打診されたが、あくまで冒険者ということでルートヴァンが断った。
3人はイジゲン村の温泉ほどではないが石炭による大型ボイラーで沸かした湯で疲れを癒し、部屋で豪華な夕食も摂って、大きな燭台の火に寛いでいた。
ちなみにペートリューは云うまでもなくノロマンドルワインを山ほど空けて宿の者を仰天させ、既に酔いつぶれている。
「でも、8億トンプでやんすよ!」
「おまえは金さえありゃあ、どうでもいいだけだろ!」
「その通りでやんす」
「ただでさえ、冬の旅はこれから寒さが厳しくなる一方だってのに、とっとと帝都に行ったほうがいいんじゃねえの?」
「それは、ストラの旦那……じゃなくって、ルーテルの旦那に云えばいいでやんす」
「でも、ルーテルさんは、考えも無しにこんな面倒なことをするヒトじゃねえしなあ」
「じゃあ、別にいいでやんす」
「それもそうだな。寝ようぜ」
翌日、早朝。
さっそく8人は公都を出発し、フローゼの先導で旧公都スヴェルツクに向かった。
3
その日は初冬にしては天候が良く、気温も高くて、春めいた日和だった。
「ところで、呪われし公女というのは、どんなやつなのだ?」
旧都までは、天然の要害である切通のある峠を越えてから、丘陵地帯や森林を南西に3日ほど進んだ平原にある。
ゆるゆると坂を下りながら、先頭を歩くフローゼに、ルートヴァンがそう尋ねた。
「分からない。見たことないから」
フローゼが、ぶっきらぼうに答える。
「へえ? 何度も退治に出向いてるんじゃねえんで?」
「ぜんぶ、出会う前に撃退されてるってこと」
苦笑しながら、プランタンタンを振り返ってフローゼが自嘲気味に云った。その際に、プランタンタンら3人と歩いているストラを、鋭く観察するのを忘れない。
(何回見ても、そしてどう観てもただの薄ぼんやりか木偶の棒にしか見えない……。何の気配も感じないし……あれで、瞬時に私とあのトロールの間合いに入って動きを止めるのだから……見かけによらない恐ろしさ……)
フローゼ、実は魔王は他にいて、あの「薄ぼんやり」は魔王と見せかけた囮か何かでは……と、思うようになってきた。




