第11章「ふゆのたび」 2-15 ノロマンドル女公爵スヴェルセルリーグ
「フン……どうせ、質実剛健とか虚飾を廃し洗練された上品さとか、そんな価値観を押しつけるのだろうさ」
「少しは、ものの云い方を考えたらどうなの?」
「嫌いではないが、趣味ではない」
「閣下の前で、無礼な言動は許さないから」
「たわけ。公爵が、僕に気を使う立場だというのを忘れるなよ」
「ここは、皇帝府ではないのですけれども!」
フローゼが眼をむいて、語気を強めた。
と、
「公爵閣下の御成り」
従者の控えめな声がして、扉が開いた。
「えっ、ここで?」
フローゼが少なからず驚いたが、
「何も分かっていないな。平場(公式の場)では、僕を上座に置かなくてはならん。しかし、僕は魔王一行とはいえ旅の冒険者だ。そんな得体の知れん連中の1人を、謁見の間で上座に置くわけにはゆかんだろう」
「殿下のおっしゃる通りですよ、フローゼ」
穏やかなメゾソプラノの声がして、ノロマンドル女公爵スヴェルセルリーグが平服で現れた。先代の長女で、63歳である。夫と息子、幼い孫がいて、娘も何人か既に他国に嫁いでいた。
席を立って出迎えたのは、フローゼだけだった。
「ちょ……あんたたち……!」
そのフローゼを、公爵が手で制した。
「ここでは、皆さんと私は、対等です。対等に御話がしたかったのですよ」
そこで初めてルートヴァンが席を立ち、胸に手を当てて礼をした。
「お久しぶりです、ノロマンドル公。ルートヴァンです」
「殿下……大きゅうなられて。10年ぶり? いえ、12年ぶりでしょうか。いつぞや、帝都で御会いして以来。御祖父様も、御壮健でなによりです」
「ありがとうございます」
フローゼが、ルートヴァンとスヴェルセルリーグが既知だったことに少なからず驚いていると、公爵が手で席に着くようにうながして、ルートヴァンとフローゼが席に着いた。同じテーブルに、スヴェルセルリーグも座る。プランタンタンとフューヴァが、場違いを気にして席を立とうとしたが、公爵に止められた。
「魔王様御一行であれば、どうぞそのままに」
「はあ……」
しかし、緊張することに変わりはない。しばしの我慢だった。
(どうも慣れねえな、こういうのはよ)
フューヴァはそう思いつつ、そんなんで何が子爵家再興だ、と、つくづく自分が嫌になった。
「さて、ノロマンドル公。この女冒険者を通じて、我らに用とは、何でしょうか?」
スヴェルセルリーグはほんの少し、躊躇したが、
「……公国の恥を、お知らせせねばなりません、殿下。このことを、御内密にするも、各国へ喧伝するも、御自由に」
「御待ちください。僕はもう、ヴィヒヴァルンの大公にして大公にあらず。異次元魔王聖下の忠実なる使徒の1人にすぎません。公国の恥など、僕にとっては何の意味もないし、価値もありません。魔王様にできることがあれば、何でも致しましょうぞ」
「かたじけなく、殿下。……で、その、魔王様というのは……?」
「あちらが、異次元魔王ストラ聖下にて」
ルートヴァンが振り返り、部屋の隅に立っているストラを手で指し示した。
「えっ……なんと! こ、これは失礼を……魔王様を立たせて……」
驚きつつも戸惑いながら席を立ちかけるスヴェルセルリーグを止め、ルートヴァン、
「御待ちあれ。その、なんと申しましょうか……聖下は、その……我らの常識とはかけ離れたところから参られまして……どうぞ、御気になさらずに。それが、聖下の大御心なので御座りまする」
「あ……はあ……」
スヴェルセルリーグが、チラッとフローゼを見やった。フローゼが、小さく頷く。
「殿下が、そうおっしゃるのであれば……」
スヴェルセルリーグが席に着き直し、腕を組んで斜に構えて壁を凝視するストラや、ついでに同じように壁際に立ちすくむ、真っ黒い布をかぶったような漆黒のフード付ローブ姿のピオラとオネランノタルをチラチラと見やりながら、
「公国には、皇帝陛下はおろか、帝国を構成する各国にもけして知られていない、重大な恥部が御座居ます」
「恥部……ですか。しかし、公、他国に隠していることの1つや2つ、どこの国にもありましょう」
「はい、殿下。しかし……呪われし公女と呼ばれる存在……我がノロマンドル公爵家の恥そのものなのです」




