第11章「ふゆのたび」 2-14 ヴォルセンツク
フローゼと出会った田園地帯からゆるゆると坂を上って峠を通り、山を抜けて、眼前に開けた空間が現れるや、山あいに見事な建築群の並ぶ端整にして華麗なヴォルセンツクが現れて、プランタンタンとフューヴァが感嘆の声を漏らした。
12選定候国が1、ノロマンドル公国の公都ヴォルセンツクは、山間の公国にあって最も大きな谷間を開発して作られた街で、周囲を峻厳な山脈に囲まれた天然の要害であった。都に至るには三方向からの街道を通るほかは無く、そこを封鎖してしまえば、どんな軍勢も侵略することはできない。
(反面、そこを押さえてしまえば、公都は簡単に封じこめられる……。冬のあいだに軍勢が引くことを想定していると思われるが、敵軍が冬を超えた場合、どうするつもりなのだ……? 水はいいとして、何年も食料が持つのか? ここは……)
ルートヴァンは、街並みを眺めて、そんな感想を抱いた。
メイン通りが街を二分しており、その通りの行き着く先に、壮麗にして華麗な尖塔の並ぶ公爵家の城にして屋敷があった。ウルヴォールセン城である。
(なんだ、この単調な大通りは……敵に、まっすぐ攻めてきてくれと云わんばかり……よほどのマヌケな平和主義なのか? それとも、帝国の磐石の支配態勢を微塵も疑わず、敵など攻めてこないと思っているのか? それにしては、こんな山奥に都を作るとは……矛盾している)
「ルーテルさん、そんなに珍しいのかよ? さっきからキョロキョロして」
フローゼを先頭に、大通りをゆく一行の中で、ルートヴァンだけが街並みをよく観察していた。
「あ……いいや、初めて来たからね」
「らしくねえな。こんな街並み、ルーテルさんだったら珍しくもねえだろうによ」
フューヴァにそう云われて、ルートヴァンは微笑みを浮かべるだけだった。
(フフ……御祖父様がここを侵略する場合に備えて、よく観察しておかなくちゃならないからね……)
街の中を歩いている冒険者一行というわけだが、やはり目立ったのは真っ黒い魔力のフードをすっぽりとかぶった大きいのと小さいのの2人……ピオラとオネランノタルだった。
みな奇異の眼で見つめ、驚きの表情を浮かべてヒソヒソと囁き合う。そしてフューヴァだけが、そんなヒソヒソ話が気になってしょうがなかった。
だが、フューヴァはあえて気にしないように努めた。気にしていても、どうしようもない。
通りを渡り切り、正門に至ると衛兵がフローゼの姿を認めるや否や、
「フローゼ様の御成ーりいいーーー!!」
と音声を上げ、一行を無条件で城に入れた。
「大した身分ではないか」
ルートヴァンが半分厭味、半分感心してフローゼに向かって云う。
「まあね。つきあい長いし」
フローゼが振り返って、赤い眼を細めた。
そのまま、公爵との謁見の間の2つほどの手前の控室で待たされる。
紅茶と菓子が出され、プランタンタンとフューヴァが、遠慮なく席について寛いだ。
(フ……地味な控の間だ……)
ルートヴァンも白木の杖を抱えて席につき、ゆったりと紅茶をすする。デザイン性に凝っているが、飾り物も少ないし、黒系を基本とした色合いも地味で、ルートヴァンには殺風景に思えた。
ペートリューは席でも自前の茶碗でガフ=シュ=インの乳酒を傾けつつも、小声で近くに立っていたオネランノタルに、
「オネランノタルさん……オネランノタルさん……」
ペートリューが話しかけてくるのが珍しく、オネランノタルが少しビックリして、
「えっ、なに?」
「ここはですねえ~~白ワインが有名なんですよ~~……あとで買いだめしたいので、買ったやつを、オネランノタルの魔法の倉庫に……」
ストラの次元倉庫が使えないのであれば、必然、そうなる。
「べ、べつにいいけど……」
酒どころか一切の飲食をしない部類の魔族であるオネランノタルにとって、そこまで酒が大切なものという認識が無かったので、不思議な生き物を見つめる目つきで魔力のフードの奥からペートリューを見やって、
(ヒッヒヒ……こいつらを観察しているだけでも、ストラ氏にくっついてきた価値があるかもね)
楽しそうに破顔した。
ストラはとうぜん、部屋の隅に立ち、腕を組んで壁を凝視していた。
面白くないのはピオラで、ストラと同じく、天井に頭がつきそうな部屋の隅に立ちすくみ、衛兵がその大きさにビビる隣で、フローゼを漆黒のフードの下からずっと睨みつけている。
そんな視線に気づいているフローゼ、苦笑しながら紅茶を傾け、ルートヴァンに、
「なあに、その顔は。ヴィヒヴァルンの王宮と比べて、地味とか思っているんでしょう?」




