第11章「ふゆのたび」 2-12 高砂
超高速化魔法が働いた形跡がないことを、ルートヴァンとオネランノタルは確認した。
のにも関わらず、フローゼが瞬時に見えなくなるや、ピオラが大の字になって空中を舞い、そのまま背中から地面に叩きつけられていた。
「……な、なんでやんす!?」
「ピオラああ!!」
プランタンタンとフューヴァが、驚きの声を発した。
(合気の技術に近い……)
ストラだけが、フローゼがどのようにしてピオラを投げ飛ばしたのか、正確に探査していた。
ピオラの超絶豪快にして正確無比な多刃戦斧の袈裟の斬撃を、ヒットする寸前のミリ単位で、一歩、横にズレるだけでかわしたフローゼが、そのまま大きなピオラの懐に入ると同時にピオラの右腕を抱え、ピオラの身体を腰に乗せるや強力な身体のバネと体軸の回転を加えて投げ飛ばした……いや、ピオラの猛烈な勢いの方向を変えたのだ。
ピオラは、自重と斬撃の勢いで、自分でぶっ飛んだようなものだった。
背中からバウンドし、並の人間なら即死してしまうような衝撃も、トライレン・トロールにとってはどうということはない。
「……てめええええええ!! このやるぅああああああ!!!!」
牙を剥いて怒り狂って、すかさず起き上がろうと身を起こしたところに、フローゼもその腰の刀に手をかけ、一足で距離を詰めた。タイミング的には、横一閃の居合でピオラの首を落とせる。
「そこまで」
準高速行動で割って入ったストラが、両手に持った閉じた扇子の先を2人の鼻先にピタリとつけた。
「……!!」
ピオラはおろか、フローゼもまったく動けなかった。刀を抜く直前の姿勢のまま、居ついてしまって……いや、居つかされたまま硬直する。
これでは、攻撃はおろか、脱出のしようすらない。完璧に機先を制され、固まってしまっている。この鼻先につけられた謎の武器がこのまま顔面を貫いても、成す術がない。
(ま……負けだ……! 私の……な、何者だ……こいつ……!!)
フローゼが心胆を寒からしめていると、ストラがバッとその日の丸扇子を開き、
「たああ~~~かあああ~~さあああ~~~ごおおお~~~~やああああ~~~~~~」
謡曲「高砂」を謡いながら、妙な動きでプランタンタン達の元へ戻った。
「…………」
唖然として、その後ろ姿を見つめていたフローゼ、
「……ハハハ、アッハハハハハハ!!」
突如として笑いだし、
「イジゲン魔王ってのは、面白い手下を飼ってるのね」
抜きかけた刀を納めて、戦闘態勢を解いた。
「あれが次の大明神サマ……イジゲン魔王サマだあ」
憤懣たる表情のまま、ピオラも立ち上がる。
「え……そうなの!?」
「いいかあ、大明神サマの手前、ここはいったん休戦だあ!」
「それは、御自由に……」
不敵に笑って、フローゼが殺意の塊のように睨みつけるピオラの視線を睨み返した。
(やれやれ……ルーテルの旦那、オネランの旦那に続いて、まーたあんなワルイ笑い方をする御仁の登場でやんす)
プランタンタンが呆れて、そんなフローゼを見つめた。
「……で、お前さんは何者なのか? 我らに何の用だ?」
ルートヴァンが白木の杖をつきながら前に出て、フローゼに質問した。ルートヴァンの後に一行も続く。
「私はフローゼ。焔の女勇者という者もいるけど……しがない傭兵。公国に仕えているわけじゃないけど、縁あって顧問のようなことをしている」
「で……公爵に頼まれて、我らの実力を試しに来たのか? 先日の一般勇者連中は、魔王をみすみす通すわけには~~とかなんとか、ぬかしていたが」
「ま、それはね。いちおう、この国は勇者育成機関があるし……勇者といえば、最終目的は魔王退治だろうから」
「勇者の育成機関? 初耳だな」
「あまり高名じゃないから。いや、むしろこの国以外では秘密結社に等しい」
「ほう……」
「で、そういうあんたは何者? 魔王の手下ったって、ずいぶん偉そうな物云いの御方のようだけど」
「僕は異次元魔王聖下随一の麾下にして忠実なる第一の使徒、ヴィヒヴァルンがエルンスト大公ルートヴァンだ。御見知り置きを」
「え、ヴィヒヴァルンの大公!? あの、国王の嫡孫の!?」
フローゼの眉が、驚きで正直につり上がった。王国の最重要人物が魔王と冒険の旅など、とうてい信じられない、という表情だ。




