第11章「ふゆのたび」 2-10 フローゼ
もっとも、ストラが相手をしていたら、もっと悲惨な状態となって死体を曝していただろう。
「行こうぜ」
一行が、公都ヴォルセンツクに向けて出発する。
その公都の、秘密結社「グリグの森」の本部建物では、逃げた2人のうちの1人の魔術師が緊急で放った伝達魔法のカラスが、到達していた。
「全滅……か……」
朝一番から衝撃的な報告を受け、結社の幹部たちが絶句した。
なにせ、将来的に魔王退治を請け負う凄腕の冒険者を秘密裏に育成・派遣する組織なのである。
そこの放った20人以上の刺客が、勇者を含めて壊滅的被害とは。
「魔王というのは、本当だろう」
「魔王が仲間を引き連れて旅をするなど、聴いたことがない……」
「しかし、現実だ」
「このまま、黙って公都に入れろというのか?」
「閣下に、なんと?」
「……」
老年の1人が、沈鬱な表情で他のメンバーに問い、みな黙りこんだ。
「公爵閣下には、私が伝えておくから」
野太いアルトの女性の声がして、一同が低い歓声を上げつつ、ロビーに入ってきたその女性を出迎えた。
「フローゼ! いつ戻ってきた!?」
「夕べ……かな」
背が高く、全身が鍛え尽くされ、まるで鋼鉄で作られた人形のように均整がとれ、かつガッシリとした質量感の肉体を持ったその女は、真っ赤な髪に真っ赤な眼、日焼けした小麦色の肌に、真っ赤な火竜革の軽鎧をつけ、同じく竜革の赤い長ブーツを鳴らして、一同の前まで来た。
左の腰には、これも真っ赤な鞘の長い曲刀が、専用の器具でベルトに吊ってあった。
アーマーの下に来ている衣服だけ、麻生地に近い植物性のこの世界の一般的な衣服で、薄い亜麻色をしてる。
ノロマンドルの誇る、焔の女勇者フローゼであった。
「1人で、大丈夫なのか?」
「グリグが出した4組もの凄腕を一回で撃退するような連中を相手にするのに、私につきあえるヤツいるの?」
「む……」
その通りなので、幹部連が、黙りこんだ。
「それに……もしかしたら、閣下の望みにかなうかもしれないし」
「それは……!」
「この『グリグの森』が存在する真の意味、忘れたわけじゃあ?」
「ま、まさか!」
「じゃあ、腕試しということで」
「うむ……」
「行ってくる」
納得のゆかぬ表情を崩さない幹部連の見送りを受け、フローゼが手を振りながらいま入ってきたばかりの重そうな両開きドアから外に出た。
ノロマンドルの誇る女勇者と云っても、基本的にフローゼは一匹狼の傭兵であり、雇われ以外でパーティを組んだことは一度も無い。
年齢は不詳だが、20代の中頃に見られていた。
しかし、数は少ないが、冒険者界隈の何人かの古老は、似たような真っ赤な装束の女傭兵あるいは女勇者が、7 ~80年も昔から帝国のあちこちに出没している「伝説」を知っていた。
それが同一人物なのか、あるいは代々伝承された複数の人物による伝説なのか、知る由も無かった。
そのフローゼが、街道を堂々と闊歩する異次元魔王一行と対峙したのは、公都ヴォルセンツクまであと数時間という、田園地帯であった。
ストラ達の中で、やはり目立つなというのも無理なほどに目立っているのは、漆黒のローブ姿のピオラとオネランノタルだった。いや、オネランノタルは小柄なので、ちょっと変わった魔法使いと云っても奇怪しくはなかったが、ピオラがどうにも……否が応にも目立つ。
「失敗だったかなあ、こんな、真っ黒にするのはよ」
本格的な冬を前に田園地帯で越冬作業をする農民たちや、すれ違う旅人たちが嫌でも驚愕や不審、嫌悪、恐怖の眼を向けるのは、やはり真っ黒な巨人のようなピオラなのだ。
「余計、目立ってねえ?」
フャーヴァが何度も振り返って、眉をひそめた。
「うーん、どうだろうね」
ルートヴァンは他人……もとい、下層民の眼など最初から気にしないように育っているので、なんとも思っていない。
ちなみに、他の全てのメンバーが、何とも思っていない。というより、そんな疑義すら思い浮かばぬ。
フューヴァは久しぶりに、魔王の配下で自分だけがまだつまらない世間体を持っていることを痛感した。




