第11章「ふゆのたび」 2-6 雑魚
「では、今後はピオラを先鋒にしますか?」
「そうしよう、大公!」
「そうすると、僕が次鋒で、三番手のトリがオネランノタル殿ということで……」
「ダメダメ! 私が先だよ! トリは、大公がやりなよ!」
「ハイハイ……」
苦笑し、ルートヴァンが周囲を確認する。もう野次馬連も、勝負が決まったと観て興醒めしていた。
(こんなものだな……どれ……)
ルートヴァンが白木の杖を掲げて、
「おい、ピオラよ! 先を急ぐぞ。勝負を決めろ」
「あいよお!」
云うが、ピオラが獣みたいな速度で勇者にとびかかった。10メートル近く離れていたが、到達まで2秒もかからなかっただろう。
「!!」
既に超高速化魔術は、効果が切れている。若い優秀な女魔術師が、間髪入れず第2弾を思考行使していたので、なんとか勇者が対応できた。
「舐めるなよ怪物が!!」
魔法剣を袈裟切りにピオラめがけて振りかざしたが、ピオラがその巨体を空中で回転させ、きれいに避ける。ついでに、漆黒のマントが翻って、棍棒のように勇者を襲った。
ただの黒マントではない。
魔力の塊であり、人間がまともに曝露すると魔力障害を起こす濃度だ。
対魔法防御術が多重でかかっていたので即死は免れたが、あくまで魔法効果を防ぐ術であり、高濃度魔力を直接ひっかぶった場合は少し事情が異なる。
猛毒を食らったように、一瞬で呼吸が止まり、目が見えなくなった。
(なん……!?)
驚いた勇者が、詳細が分からずとも経験と勘で転がるようにその場から離れる。
それが、偶然にもすれ違いざまに放ったピオラの横薙ぎの掌打をかわした。
「おっ、やるなあ!」
着地し、身構えて嬉しそうに云うピオラとは逆に、勇者はもう戦闘不能だった。魔力障害は、魔術では回復しない。下手をすると、再起不能だろう。勇者業は、引退ということになる。
ただし、この戦いに生き残れたら。
勇者は、霞み、グラグラと揺らぐ視界で、ピオラが獲物を前にした猛獣めいて今にも飛びかからんとしている様を見やって、死を覚悟した。
そのピオラに、背後から強力な魔法の矢が2本、突き刺さった。
魔術師2人が、必死の援護射撃というわけだ。
が、自殺行為でもある。
物理的な援護が、無いのだから。
丸裸に等しいのだ。
真っ赤な眼のピオラが、ゆっくりと振り返った。
「ヒッ……」
魔術の思考行使と云えば聞こえがいいが、その思考が恐怖で硬直し、乱れれば意味がない。
女魔術師は、涙目のまま成す術なくピオラに殴り倒されて即死した。顔面粉砕、頸椎骨折に脳挫傷だ。
もっとも、脳天が爆裂しなかっただけ、ピオラが手加減していたのだが。
男の魔術師のほうは、それを見た瞬間に、
「こッ、こここ降伏する!! 降伏だ!」
両手を上げ、顔面蒼白で地面に両膝をついた。
ちなみに、至近距離からの強力な魔法の矢は、偶然にも高濃度魔力のマントが防いだ。
「どうするんだあ?」
まだ血糊のついたゲンコツを構えたまま、ピオラがルートヴァンの指示をあおいだ。
「雑魚は放っておけ、行くぞ」
「わかったよお」
戦闘を終了し、黒マントを翻して、ピオラが鼻歌交じりにルートヴァン達のところへ戻った。
(雑魚……雑魚だと……!!)
朦朧とする意識の中で、勇者が激高する。
「ザコとはなんだあああああーーーーーーーッッ!!!!」
魔法剣を振り上げ、最後の力と気力でピオラに斬りかかったが、張り手一発で翻筋斗うって、野次馬たちの頭上を越えてぶっ飛んだ。
野次馬から歓声が起き……けっきょく名前も知らぬ勇者は、そのまま、どこかの藪の中に落ちて……二度と出てこなかった。
そのようなわけで宿場には泊まり損ねたが、
「なあに、あと2日も歩けば公都ヴォルセンツクだ。今時期の野宿は少し寒いだろうが……寒さ除けの術もあるから。我慢してよ」




