第11章「ふゆのたび」 2-2 魔王は無視できない
「御見せにならねえって、すぐそこにいるでやんす」
「バカ、黙ってろ」
プランタンタンの口を、フューヴァが手で隠した。
どうも人間の発言は意味が分からぬ……という憤懣やるかたない顔になり、プランタンタンが眉をひそめた。
フューヴァが舌を打ち、小声で、
「急ぐ旅なんだろうから、ヴィヒヴァルンみてえにいちいち自称勇者の相手なんかしてらんねえってことだろ」
「じゃ、はっきりそう云やあいいでやんす」
「余計にもめごとが起きて、時間を食うだろが! それに、一銭の得にもならねえぞ」
「じゃ、云うのやめたほうがいいでやんす」
「さいしょっからそう云ってろ、バカ」
フューヴァがプランタンタンを小突き、
「バカバカバカバうるせえでやんす!」
プランタンタンもフューヴァを小突き返した。
「いってえな!」
「フューヴァさんが先に叩いてきたでやんす!」
「そんなに強くやってねえだろ、こいつ!」
「叩いたでやんす!」
「2人とも、行くよ! なにやってるんだい」
真っ黒なフード姿のオネランノタルに云われ、2人は一行がもう街を出ようとしているのに気づいた。
「あれっ、泊まらねえのかよ?」
小走りでルートヴァンにおいつき、フューヴァが尋ねた。
「フン……田舎宿場とはいえ、無関係の人もいる……。自称勇者が挑んできたら迷惑だろうし、かといってこんなド田舎でスーちゃんの喧伝にもなりやしない。とっとと公都に行こうと思ってさ」
「たしかにな」
フューヴァがそう云って、鼻で笑った。
「自称勇者とは、云ってくれるじゃあないか」
いつのまにか、一行の前後を6人の冒険者が挟んでいる。
町を出るか出ないかの、通りの真ん中だ。
それを見て、野次馬がさらに集まった。
「だって、そうだろ? この国じゃ、勇者の免許かなにかがあるのか?」
ルートヴァンが、今度は本当に侮蔑の笑みを浮かべ、前に出た。
「それを云っちゃあ、魔王だってそうじゃないか! 本当に魔王の一行なのか!?」
「残念ながら、こっちはヴィヒヴァルンがフィーデ山の火の魔王レミンハウエルより、正式に魔王位を譲られたんだ。魔王紋だってある。見るか?」
「そんなもの、本物という確証はない!」
「じゃあ、いいじゃないか。こっちはヒマじゃあないんだ。帝都へ行くのに、通り過ぎるだけだ。ニセモノだというのなら、放っておいてくれないか」
「ホンモノだろうとニセモノだろうと、この国で魔王の一行をノコノコ通すわけにはゆかないんだよ!!」
ルートヴァンが眉をひそめ、肩をすくめて周囲を見やった。
と、オロオロしている老年の代官と目が合い、
「どういうことだ?」
「おい、余所者の冒険者に、そんなことを云ったってどうしょうもないだろ!」
代官はルートヴァンではなく、中央の勇者(と、思わしき立派な身なりの剣士)に向かってそう叫んだ。
「ただの冒険者ならともかく、魔王は無視できないだろうって云ってるんだ!!」
勇者ではなく、取り巻きの若い女魔術師がそう叫んだ。
「それは、そうだが……!」
代官が、顔をしかめた。正論だが、私の立場も考えろ、面倒ごとはまっぴらごめん、とその顔に書いてあった。
ルートヴァンが嘆息交じりに何か云おうとした途端、
「では、大食い対決で勝負を決しましょう!」
いきなりそう云い放ったのは、いつの間にか勇者とルートヴァンの真ん中に立っていたストラだった。
しかも、その右手には、バッと開かれた日の丸の扇子があった。
「…………! ???」
当たり前だが、その場の全員が凍りつくのと同時に、一行の後ろで大きな漆黒フード姿のピオラがくの字になって吹き出し、地面に突っ伏して息を殺して笑い出した。
「ハイハイ、旦那はこっちでやんす、ハイこっちきて」
プランタンタンが半眼無表情のストラの手を引いて、戻った。
「待った、ちょっと待った! 作戦会議! 作戦会議だ! ちょっと待ってて!」




