第11章「ふゆのたび」 2-1 グリグの森
そればかりではなく、20年ほど前より、ノロマンドルでは勇者を含む魔術師やら戦士やらなんやらと、いわゆる冒険者を育成し、帝国中に「派遣」している。冒険者などというのはたいていが行きがかりでなるもので、冒険者という明確な職業があるわけではない。しかし、少なくともこの国では、冒険者を育成する機関があり、特に勇者を多く輩出している。勇者の学校というわけではないが、充分に実力をつけた者にパーティの組み方や、集団戦法、または各地の魔族退治やいずれ魔王に挑むためのノウハウなどを教えるのだ。
それが、公都スヴェルツクにある秘密結社「グリグの森」だった。
レームスも、とうぜんグリグの森の出身であるし、騎士階級出身であるということは、公爵家直属の勇者だったと云ってよい。
なお「グリグ」とは、我々の世界で云う白樺に見た目の近い、樹皮の白い北方に産する木で、ノロマドルからチィコーザ、ガントック北部に至るまで広く自生している。
そのようなわけで、ノロマンドルは国の規模や面積のわりに、やたらと街道筋を冒険者がウロウロしていた。
そんな主街道を、冒険者というには不思議なパーティが堂々と公都を目指して歩いているのだから、必然、目立つ。
しかも、「グリグの森」のメンバー以外の冒険者は、ノロマンドル内ではいわゆる「モグリ」もしくは「ヨソモノ」という扱いだ。
単純に、モグリやヨソモノがでかい顔で歩いているのを面白く思わない者もいるし、不審に思う者もいる。まして、ルートヴァンはまだ見るからに魔術師なのでよいとして、他はどう見ても冒険者というより誰かの従者の3人と、影の薄い剣士っぽい女、見る者が見れば魔力の塊と分かる真っ黒いフードを被った尋常ではなくアヤシいデカイのと小さいのであるからして……イジゲン村を出て1日歩き、街道に至ってさらに1日も歩くと、すっかり街道筋に噂が広まっていた。
ヴォルセンツクまで4日であるから、2日歩いて行程の半分も来た頃、一行はレルゲという宿場町に入った。
既に、一行のことは宿場町に知られており、代官が飛んできた。街に滞在する冒険者を含めた、野次馬も集まってくる。
「どういうこった、こりゃあ?」
フューヴァが呆れて声を発した。
「アタシらはアヤシいもん……に、見えるかもしれねえが、アヤシいもんじゃねえぞ!」
ルートヴァンの言語魔術やオネランノタルの魔力による脳の言語野調整で、フューヴァの言葉もノロマンドル地方で通じるゴトレンドル語か、もしくは共通語である帝都語に聞こえているはずだった。
「どちらから来られて、どこへ行くのかだけ……どこの関所を通って参られたのか! 皆様方のような怪し……ゴホン! いや、冒険者の方々、何の報告も受けておりませんぞ!」
代官は当然フューヴァを無視して、一行のリーダーと思わしきルートヴァンに向かってそう云った。
「どちらから……と、云われてもねえ」
ルートヴァンが苦笑し、フューヴァと目を合わせる。ガフ=シュ=インからバハベーラ山脈を越えて、帝国内では禁止されている長距離転送魔法で飛んできた。
「フューちゃん、答えてあげなよ」
「めんどくせえなあ」
フューヴァが大きく息を吸い、
「いいかてめえら! 良く聞きやがれ! こちらにおわす御方はなあ! 天下のイジゲン魔王様だ!! いま、アタシら従者やこちらの仲間がたとともに、帝都に向かって旅をなさっている最中だ! 別にこの国に用はねえから! 黙って通せよな!」
一瞬の沈黙の後、
「まお……魔王ぅおぅおおおお!?」
代官を含め、野次馬一同が仰天して絶句する。
「あ、魔王紋が見たかったら、手をあげろ。見せてやっから」
「魔王紋んん!?」
「ホ……本物か!? あ、いや、本当か!?」
「魔王……どいつがだ!?」
「あの後ろの真っ黒いやつか!?」
「でかいのと小さいの……どっちが魔王だ!?」
「あたしじゃねえよおー~」
能天気な声がし、ピオラが高濃度魔力ローブの手を上げる。まるで、ハロウィンの仮装でカーテンを被ったゴーストだった。
「私でもないなあ~」
オネランノタルも続いて手を上げる。
ついでにストラも無言で手を上げたものだから、人々の視線は必然ルートヴァンに集まった。
ルートヴァンは吹き出しそうになるのをこらえ、必死に口元を歪めながら、
「魔王様は、いちいち御姿を御魅せはならん。こんなところでな」
その表情や発言が、いかにも尊大で人々を見下しているように見えたものか、一部の冒険者が奥歯をかんでルートヴァンを睨みつけた。




