第11章「ふゆのたび」 1-14 いくらでも溜める
「ところでナーデルよ、この村じゃ湯あみの習慣くらいあるんだろう?」
「あるが、もうそんな時期じゃない。風邪をひくぞ。ひきたきゃ、引き止めはしないがね。それに風呂の道具も、もうみんなしまっているはずだ」
この地方の「風呂」は、簡易ボイラーで沸かした湯を風呂桶に溜めるタイプで、真冬はすぐ湯が冷めて使い物にならない。もっとチィコーザ側に寄った地方ならば、大がかりな蒸し風呂……いわゆるサウナがあるのだが。これは、文化の違いと云う他はない。
「なるほど……」
「じゃあな」
ナーデルが、さっさと薪割りに戻ってしまった。
「この寒さで水を浴びて平気の平左なのは、ピオラの旦那だけでやんす」
プランタンタンがそう云ったが、ピオラとオネランノタルは納屋の暗がりに紛れて、真っ暗でどこにいるのかも分からなくなっていた。
「湯を沸かす魔法……なんて、あるわけねえよなあ」
フューヴァが嫌味の矛先を、ルートヴァンに向ける。
「火をつける魔法ならあるけどね」
ルートヴァンが肩をすくめた。
「ヤカンで湯を沸かしたって、きりがねえよ。オネランノタルは、どうなの?」
「私はこっちだよ」
フューヴァが話しかけた暗がりとは反対のほうから、そう声がした。
「オネランノタルはよう、魔法でみんなが風呂に入るくらいの湯を沸かせるのか?」
「中規模の湖を沸騰させるくらいはできるけど、みんなが浸かる程度のお湯でしょ!? 逆に難しいなあ」
それは、ショベルカーできれいに生卵を割るのが難しいというレベルの話だった。
「難しいのかよ……」
フューヴァが嘆息し、
「しゃあねえよ、ルーテルさん。山を下りて、街に出るまで我慢しようや。北方だもの、街の家や宿にゃ、でかい湯沸かし器くらいあるだろうぜ」
「リーストーンにすらあったんですから、ノロマンドルなら、きっとありますよ」
いきなりペートリューがそう云ったので、みな少し意表をつかれて黙りこんだ。ペートリューは酒さえあれば、何年も風呂なしで耐えられるものとばかり思いこんでいたが……人並に、風呂に入りたいのだろうか。
「それはそうと、オネランの旦那。旦那も、ストラの旦那と同じように、隠し倉庫の魔法を使えるんでやんすね」
プランタンタンが、暗がりに向かってそう云った。先ほど、オネランノタルが次元倉庫から金貨を出したのをしっかり見ていた。
「私はこっちだよ」
これも全く違う方向からそう声がして、身を隠す必要もなくなったので、オネランノタルが魔力のローブを脱いで姿を現した。
「そう云えばプランタンタン、君が云ってたガフ=シュ=インの王宮の御宝だけどさあ」
「ありゃあ、もったいなかったでやんすねええ~~。まさか、あんなでけえ星が落っこちてきて、御宝ごと街をぶっとばすなんざあ……」
腕を組んで首をひねり、そう唸るプランタンタンの眼前で、オネランノタルが次元倉庫を開ける。虹色の次元光に照らされて、大きな金の延べ棒が山のように積まれていた。
「ギョエエエエエエ!!!! オネランの旦那あああああ!!!! こいつぁあ、こいつあもしかしてもしかすると……」
プランタンタンの眼が、もう金色に光っている。
「さすがに全部は無理だったけど、ちょっと、失敬しておいたのさ。ガフ=シュ=インの王宮からね」
「ゲッッヘエッッッシッシッシッシッシッシッシシシシシシィイイイイイイ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!! さっすが、オネランの旦那でやんすうううううう~~~~~~!!!!!! いつの間にこんなああああ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
ルートヴァンもあきれて半笑いとなり、
「あのどさくさで、よくもまあ……」
「約束通り、これはプランタンタンのものだよ。私には、人間の貨幣も金塊も価値がないからね。でも、ストラ氏の次元倉庫が使えないのなら、しばらくは私が預かっているよ」
「ゲヘエッッ!! シッシシシシシ!!!! よろしくおねげえするでやんすうううううううううううううーーーーー~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
プランタンタンがそうオネランノタルを超高速揉み手で拝み倒していると、木材に座っているフューヴァもウンザリと顔をしかめて、
「いい加減にしろよ、こいつ! いったい、いくら溜めこむつもりなんだよ……ストラさんやオネランノタルまかせでよ!」
「いくらでも溜めこむに決まってるでやんす!!!!」
プランタンタンが、大真面目な表情でフューヴァに断言したので、フューヴァは聞いたアタシがバカだったと嘆息した。




