第11章「ふゆのたび」 1-11 偏屈者
「そうだ。魔王というのは、それほどの存在なのだ。しかし、そのフィーデ山の火の魔王レミンハウエルを難なく討ち倒し、レミンハウエル自身から魔王位を引き継がれたのが異次元魔王ストラ聖下であり、既に他の魔王を3人も討ち倒している。ヴィヒヴァルンは正式に異次元魔王様に帰依し、その御大業の支えになっているのだ」
「えええっ……!!」
男性が絶句し、仰天して眼を見開いた。ようやく事態や状況を飲みこめる者が現れ、ルートヴァンもややホッとする。
(最後まで話が通じないのでは、こんな超絶ド田舎とはいえ、スーちゃんの喧伝にも何もならないし、うまく休息できるかどうかも分からないからな……)
その、ストラであるが……座の隅で、半眼無表情のまま、ぼーっと突っ立って谷間の底の村から、山間を見つめている。その姿勢自体はこれまでも同じだったが、少なくとも背筋を伸ばして腕を組み、深遠な思考をしているような雰囲気であった。が、今は両手をだらりと下げ、少し傾いてそのまま倒れる寸前のような姿勢だ。
「…………」
村人の心の声は、心を読む魔術を会得していなくても、丸分かりだった。
「こいつが……?」
「本当に……?」
「魔王……?」
「ウソだろ……?」
「オホン、オホン!!」
ルートヴァンが咳払いをし、村人の注目を引き戻す。
「異次元魔王様の御力をもってすれば、奇跡というほどのこともできるだろう。どうだ、我らをしばしのあいだ休ませる場所を提供する代わりに……なにか、役に立てることがあれば、手助けをすることは、やぶさかではないぞ。金も、云い値でかまわない。ただし、常識を弁えろよ」
「はあ……」
急にそう云われても……と、村人たちも困ってしまった。
が、断ったところで心証を害し、嫌がらせに危害を加えられたり、居すわられたりしても面倒だ。ハインがルートヴァンに、
「あの、しばしのあいだとは、どれほど……」
「数日だ。いや、2日でいい。我らもヒマではないのでな」
「とはいえ、この村は御察しのとおり、宿なんかありません。これ以上、発展のしようもない、公爵様にも見捨てられた土地などとも云われているところです。御休みいただけるところなど……誰かの家を御提供するしか……。それにしたって、魔王様や大公様が御満足頂けるような家は……私の家とて……」
「いやいやいや、そんなことはしないでいい。我らがこれまで、どれほどの荒野や僻地を冒険し、突破してきたか、この姿を見たら分かるだろう。豪勢な宿所など必要ない。少なくとも僕がこれまで住んでいたヴィヒヴァルンの王宮に比べたら、云っちゃあ悪いがこのよう村の村長の家も、用意してくれる空家でも同じことだ。壁と屋根があればいいよ」
「はあ……」
なんとも機微が分からず、ハインも困り果てたが、
「村長……ナーデルさんとこの、物置があいていたはずだがな……」
ハインに、そう耳打ちする壮年の男性がいた。
「あっ……確か、そうだな。片づけをするとかなんとか云って……」
ハインもうなずく。
「ナーデルのじいさんを呼んできてくれ」
すぐに人が走った。
しかし……。
「……だめだ、ナーデルのジジイ、絶対に貸さないとかぬかして……!」
「あの偏屈め!」
ルートヴァンがそのやりとり聴いてクスッと笑い、
「偏屈者なのか?」
「え……ええ、その……」
「面白い。僕が直接、交渉しよう。案内してくれ」
「えっ! いや、その……」
「大丈夫だよ、世話になるんだし、手荒なことはしないよ」
「はあ……」
仕方もなく、ハインが取り巻きを引き連れて、ルートヴァン達を案内した。その後から、野次馬の村人らがゾロゾロと続いた。
谷間の狭い集落であり、20分も歩くと村外れに来た。敷地の広い、割と大きめの家の片隅で、大柄な老人がこの冬に使う薪を割っている。
ナーデルだ。髪も髭も真っ白で、どう見ても70代半ばだが、61歳だった。
「おい、ナーデル、ナーデル!」
ハインが小走りに駆けより、声をかけたが、ナーデルは無視して座りこみ、手斧で薪を割り続けている。小気味よい薪を割る高い音が、谷間に響いていた。




