第11章「ふゆのたび」 1-9 異次元魔王ストラ
ハイン村長がそう云って何度も深呼吸をし、
「まおおう!? ままま魔王おお!?!? いま、魔王とおっしゃいましたか!? 勇者様ではなくて!?!? 魔王と!?!?」
「翻訳術がうまくいってないのか? 言葉が通じているか?」
ルートヴァンが白木の杖を軽く掲げながら調整のため、チョイチョイと動かしたが、
「わっ、分かってます、分かってます、通じています!」
「じゃあ、言葉のとおりだ」
「いやっ……! あのっ、しっ、しかし! 魔王……様が、勇者様のように御供をひきつれて旅をするなど……聞いたこともありませんよ!」
「そりゃそうだ、1000年ぶりだからな」
「せんねんぶり!?」
プランタンタンとフューヴァは、ずいぶん久しぶりに一般人のこんな反応を見た気がした。
そして、村人らの視線が、自然と真っ黒いローブをひっかぶっている(ように見える)ピオラとオネランノタルに集まった。
「あ、この御ふたりは、イジンゲンジン魔王様でねえでやんす。あっしらと同じく、魔王様の手下でやんす」
ええっ……という悲鳴に近い声やささやき、ざわめきが村人たちから起きる。
そして、視線が今度はルートヴァンに集まったが、
「僕は、単なる配下の魔法使いだ」
「もちろん、アタシでもねえぜ! 足を怪我してるだけだ!」
「とうぜんあっしでもねえでやんすし、あったりまえでやんすが、こっちの酒ばっかり飲んでる御仁でもねえでやんす」
視線が順に移るたびに、そう声が上がるのだが、じゃあ誰が……という段で、またもストラがいなくなっていることに一行が気づいた。
「あれっ、スーちゃんはどこだい?」
「おいプランタンタン、またストラさんがいねえぞ! ちゃんと見ておけよな!」
「あっしは、旦那の見張り役じゃねえでやんす!」
「アタシだって椅子に座ってるんだからよ! おい、ペートリュー!」
「しりません」
「オネランの旦那、ピオラの旦那、ストラの旦那がどこ行ったか、見ていやあせんか?」
「あたしは、わからないよお!」
大きい真っ黒から意外に澄んで甲高い呑気な大声がしたものだから、村人たちは意表を突かれて目を丸くした。
最後にオネランノタルが、長袖と大きな袂のようにコールタールめいた暗黒が滴る腕を上げて、通りの奥をさし、
「あそこで、ガ……子供らと話しこんでるのが、そうじゃないのかい?」
と、これも意外にぶっきらぼうで少女のような声でそう云ったので、村人も含めて全員がその方向を向く。
本当に、いつそこに向かったのか誰にも分らずに、ストラが数人の子供としゃがみこんで地面に棒きれで絵を描いて遊んでいるではないか。
(あ……あれは、いまさっき、ここにいた女剣士だ……! あれッ!? いつの間に……!! えっ、しかも、あ、あの人が……ままま、まお……魔王……!?!?)
ハイン村長が、愕然としてストラを見やる。
子供の親の1人があわてて駆け寄り、幼い我が子を抱えあげて逃げた。
残りの子供たちは、凝とストラの書く絵(文字?)を見つめている。
「何を書いてるんでやんす?」
プランタンタンが無造作に歩き出してストラに向かうのを、村人は垣根を分けて恐れおののき、見送った。
ルートヴァン達もゾロゾロとその後に続いたので、
「あ……あ、あっ、お待ちを! 村に入る許可を……」
「では、今すぐ許可してもらおう。我らは、役に立つぞ」
「あっハイ」
ニヤリと笑いながら振り返ったルートヴァンに云われ、ハインが思わずそう答えてしまい、何人かの村人に肩や腕を小突かれる。
ストラが地面に書いていたのは、この世界の住民にしてみれば、完全に意味不明で複雑な絵文字だった。
「…………」
誰ともなくルートヴァンに視線が集まり、咳払いをしてルートヴァン、
「えー……オホン、えー聖下……えー、恐れ入りますが、ちょっと……御立ち頂き……村人らに……その……」
しゃがみこむストラの背中に声をかける。
と、ストラが無言で立ち上がり、一行の後ろで壁を作る村人らがびびって思わず一歩、下がった。
ストラが半眼のままふりかえって、
「大規模プログラム圧縮及び計算領域の圧倒的不足により、手で計算しておりましたが、掘削に必要なレーザーのエネルギー量が……」
「皆の者、こちらの御方が!! 異次元魔王ストラ聖下だ!!」




