第11章「ふゆのたび」 1-7 領主から見捨てられた土地
ガフ=シュ=インの平原を進んだ絨毯と同じく、浮遊魔術と飛翔魔術を極小規模レベルで組み合わせ、車輪の無い浮遊車いすのようなものを造ったのだ。
これをルートヴァンが押して、山道を下る。
「器用なことをするなあ、大公」
オネランノタルが楽しそうに云いつつ、感心する。
「魔力をここまで小規模で使うのは……逆に難しいよ」
「なんでもいいでやんす、さ、さ、行きやんしょう。ストラの旦那は、勝手にあんなところまで行っちまってるでやんす」
確かに、ストラの照明球電の光は、かなり先を行っていた。
どういうわけか、フラフラと動いていたが……。
6人が、その光をめがけて歩みを再開する。
朝方となった。
ガフ=シュ=インの王都近郊に比べると格段に南に来ているのだが、ノロマンドルはチィコーザ北部と並んで、帝国内地でも人が住んでいる最北部だった。
北方の冬の時期、ただでさえ日の出は遅い。
しかも、巨大山脈のおひざ元である。
夜明けの時刻になっても、なかなか日が昇らなかった。
もし、ルートヴァンの探索魔法やストラの三次元探査のような、なんらかの探査法が無かったら、この時刻に絶対に「その村」は発見できなかっただろう。
夏は日当たりがよさそうなその高原の谷間も、この時期は山影に隠れて真っ暗だったし、なにより一行が歩いていた山麓より、かなり離れていた。
このあたりを何らかの理由によって行き来する者は、自然となだらかに傾斜して歩きやすい山麓を通るが、まったく「その村」は尾根を挟んで反対側の山陰にあり、ほとんどノロマンドル人にも知られていない、いわゆる秘境……いや、秘境中の秘境だった。村人らは、ほぼ自給自足で暮らしていた。
別に、好き好んで秘境で暮らしているわけでもない。
この谷間は、春から夏にかけては非常に過ごしやすく、ホルバルと呼ばれる山岳羊なども狩りやすいうえ、その羊を家畜化した牧畜も盛んで、人々はそれなりに生活している。
中には、何とか村の発展を模索する人々もいたが、山岳秘境ツーリズムなどがあるわけもなく、公国の都会人との交流という点では、絶望的だった。
その村を、ギュントールという。
また、ギュントール村を含めたいくつかの寒村が点在するこの地域を、ノロマンドル公国のホルバベア地方といった。
ホルバベアは、春から夏は良いが秋から冬はどうしようもないほど雪と寒さに閉ざされ、「領主から見捨てられた土地」などとも云われている。
そんな村を、ストラは簡易三次元探査で見つけ、無言で一行を導いた。
もっとも、ルートヴァンやオネランノタルでも見つけることはできただろうが……。
最短で歩きやすいルートまで検索したのは、さすがに三次元探査と云えよう。
仮自我モードで、歩きながら謎の踊りをしていることを除いては。
「北海盆唄って知ってます?」
ストラがそう、話しかけたのは、岩場の暗闇で不思議そうにストラと照明用の球電を見つめる、三本角の野生の山岳羊(正確には、我々のヒツジ属動物に似た未知生命体)……ホルバル羊だった。毛や肉、乳、骨に至るまで利用価値が高く、ホルバベアの生命線ともいえる生き物だった。
「ストラの旦那ああああー~ー、待っておくれでやんすううう~~~」
のんきな声でプランタンタンが叫び、走ってストラに追いついた。
ホルバル羊が、驚いて逃げてしまった。
プランタンタンは羊にはまったく気づかず、
「旦那、フューヴァさんが足をくじいちまいやんして、ルーテルの旦那が魔法で浮かぶ椅子を作って、それで運んでるんでやんすが、ちいっと、待っておくんなせえでやんす」
「……」
ストラは村の方角(真っ暗だったが)でも、プランタンタンでもなく、どことも云えぬ明後日の方角を半眼で凝視したまま無言だった。
だが、動きが止まったので、プランタンタンは了承されたと判断して、そのままルートヴァン達が追いつくのを待った。
が、気がついたらまたストラがいなくなっているのであった。
照明球の明かりだけが、煌々と行く先で光っている。
「……ちょいと旦那ああああ~~~~、なんで待っててくれないんでやんすかあああーー~~、もおおおおおーーー~~~」




