第11章「ふゆのたび」 1-5 真っ黒いでかいやつと小さいやつ
「じゃあ、アタシだけでもいいぜ」
「確かに……ちょっと疲れたね」
ルーテルも、王都での慣れぬ潜伏生活や隕石攻撃の防御に、流石に疲労した。数日で良いからゆっくりしたかった。
「近くに、村でも無いかな」
「ニンゲンの村に行くならさあ」
やおら、泉の岸辺に肘をかけ、深夜の温泉にでも入っているようなくつろいだかっこうで、濡髪のピオラが話しかけてきた。
「あたしと番人は、隠れてたほうがいいのかあ? いきなり行ったら、みんなおどろくだろお?」
ピオラの発言に、フューヴァ、
「確かに、魔族とトロールだもんな。いくら味方だからってよ、そこいらの連中にいちいち説明するのも面倒だぜ」
そう云って、ルートヴァンを見やった。
「しかし、異次元魔王様の配下は、人間だろうとエルフだろうと、魔族だろうと、トロールだろうと、あらゆる差はない。みな等しく異次元魔王様に帰依し、救世という御大業のために働く。その象徴として、オネランノタル殿とピオラの存在は、かっこうの喧伝になるのだがな」
「大公、そうは云っても、喧伝する相手によるんじゃない?」
オネランノタルが四ツ目を、ルートヴァンに向ける。
「と、云いますと?」
「フューヴァの云う通り、こんな辺境の原住民に喧伝もナニもないよ。説明するだけ無駄だし、面倒じゃないか。なあに、私とピオラは、全身を魔力のローブでおおって、正体不明の真っ黒い『でかいやつ』と『小さいやつ』になっていればいいんじゃないかな?」
ルートヴァンが、顎に手を当て、ニヤリと不敵に笑う。
「なるほど、正体不明の存在をも従えているという……いちいち説明するより、効果的かもしれませんな。下民共に対して、無言の圧力にもなる」
視覚的効果というやつであろう。
「じゃあ、それで行ってみようよ。まず、地方の村や町で効果を試しながら……いろいろ実験していこうじゃないか。ノロマンドルの公都は……ヴォルセンツクだっけ? そこに行くまでに、ね。行くんだろ? どうせ。ストラ氏の喧伝と、新しい敵の魔王の情報を探しに」
楽し気にオネランノタルがそう云って、
「ピオラ。もう上がってよ。魔力のローブの中は、私の魔力で真冬並みに冷やしてあげるからさあ」
「さすが番人だあ!」
海獣めいて、ピオラが一気に深い泉より上がる。滴っている冷水を見やって、プランタンタンが身震いした。
オンランノタルがそのピオラめがけて魔力の塊を直接ぶっかけ、一瞬で乾燥させる。そのまま、装備を持ち直したピオラをすっぽりと暗黒のローブで覆った。ガフ=シュ=インでオネランノタルが時折見せていた、大量の墨汁を頭からひっかぶって、常に流れているように暗黒がボタボタと滴っている姿である。もちろん、内側から外はよく見える。
ただし、ピオラなので、純粋にでかい。
また、巨大多刃戦斧や旅の装備ごと覆っているので、その分もふくれあがっている。
「よけえ目立たねえ?」
あきれて、フューヴァがつぶやいた。
足元に滴っている暗黒は、地面に滲んで、やがて蒸発して消えた。
「どうだい? ピオラ」
「涼しくていいよお、番人よお、さいこうだあ!」
嬉しそうな声が、闇の奥から意外にしっかりと聞こえた。
「涼しいんだってよ」
フューヴァが苦笑して、プランタンタンを小突いた。
「信じられねえでやんす」
云いつつ、プランタンタン、これまで何度か危険から遁走する経験をしているので、隠れるのにはちょうど良いと思い、
「それはそうとオネランの旦那、これは、いざっちゅうときは、あっしらにもやってもらえるんで?」
「あ、エルフや人間はダメだよ、高濃度魔力に耐えられないと思うな。大公は、平気だろうけど……ね」
ニヤッと笑ってオネランノタルがルートヴァンを見やり、ルートヴァンはいえいえ……と、軽く手を振った。
「では、2人はそのかっこうで同行して……まずは、村でも探しますか。ええと……」
探索術行使のため、ルートヴァンが軽く白木の杖を持ち上げたところで、
「こっち」
ストラが歩き始めた。
「こっちだってよ。行くぞ、2人とも」




