第2章「はきだめ」 4-3 ギュムンデ市役所の出納係
フード付ケープ姿となり、二人で路地を歩く。
(確かに……こんなヨレヨレの魔法使いのローブを来ている人は、初めてだ……)
フューヴァがチラリと、ケープの下にのぞく職能ローブを見やった。魔法使いは自らの能力に誇りを持ち、その証である職能ローブは常にきれいに洗い、火熨斗をかけて折り目を正しくしている。
それが、掃き溜めのようなこの街のさらに底辺層が群がる地区の人間のようだ。
「あ、ペートリュー、こっち……」
「こっちにも、小さい両替所があるんです。そこがまだやってるなら、良心的ですよ」
「へえ……」
果たして、路地裏をしばらく進むと、廃屋のような建物の一角に、物置みたいな扉の両替所があった。
「こんなとこ、アタシも知らないぜ……」
フューヴァが驚いて、その店を見やる。ペートリューが一人で入ってゆき、銀貨のほとんどを金貨に変えた。
「一枚、580トンプでした」
きっかり22,000トンプ……銀220枚を、金貨37枚に替えた。釣りは540トンプなので、銀貨5枚と銭が40。
「今日の相場より、少し高いな……」
「この街の相場は、両替所が示し合わせて最初から少しボッてるんですよ」
「そうなのか?」
フューヴァも知らない情報だった。フードをかぶって歩きながら、ペートリュー、
「ここは、そういう連中とは一線を画して、独自にやってるんです。睨まれないように、こんなところでひっそりと。おじさんが、まだ生きてて良かった」
「やけにくわしいな」
「あたし、この街の生まれで、死んだ父が役所で出納をやってたんです」
「なんだって……」
フューヴァが眼をむいた。ギュムンデ市役所の出納係など、組織との賄賂調整係みたいなものだ。あまり神経質な人間や、正義感がカケラでもある人間には向いていない。また、身の程を知らぬ人間や欲深い人間もダメだ。賄賂をくすねて、殺される者も多数いるという。
「組織間の要人への賄賂の調整に失敗して、抗争のドサクサで母といっしょに殺されたそうです。父は、あたしが魔法使いの弟子になれてこの街を出たことを本当に喜んで……それが、酒の飲み過ぎでクビになって、帰って来ちゃいました」
云いつつ、もう酒を飲みたくてもうウズウズしている。街に漂う酒のニオイにつられて、そちらへ行きそうになる。
「あたし、もうダメです。死ぬまで治らないと思います……」
「なあに……だったら、好きなだけ飲みたおせばいいじゃないか」
「えっ……」
「ストラさんが云うには……それこそ、よく分からないけど……あんた、いくら酒を飲んでも平気な身体らしい。いや、まったく平気なわけじゃあないんだろうけど……常人よりは、強いそうだよ。いくら飲んでも酔わないんだと」
「……そうなんですか……」
確かに、ワインであればボトルの2~3本ほど飲んで、やっとほろ酔いだ。ペートリューは、それが当たり前だと思っていた。
「だからって、仕事できないくらい飲みつぶれるのは、ちょっと、な……」
「でも、魔法だって碌に……ストラさんの足元にも……」
「でも、使えるんだろ?」
「そりゃ、まあ……」
「じゃあ、いいだろ」
フューヴァが、乾いた笑い声を出した。
(アタシなんか、本当になんにも能がねえ)
そう云おうとして、口から言葉が出なかった。
初夏、まだまだ日が高い。
「やれやれ……さっそく、お客さんだ」
フューヴァが足を止めた。てっきり、尾行してきたいずれかの組織の勧誘かと思ったが、
「姐ちゃんたち、ご大層な光もんを持ってるみてえじゃねえか」
三人組の、いかにもチンピラ悪漢といった男たちが、路地に立ちふさがる。
「物取りかよ……」
フューヴァが苦笑した。どこで両替したのを嗅ぎつけたものか。
さっそく、出番だ。ペートリューの心拍数がはね上がった。
ところが。
この物取りは、フィッシャルデアの「仕込み」だった。
この窮地を助けて、恩を売ろうというのである。
従って、アパートから尾行してきた二人組が、物陰から見つめている。
さらに、ところが。
「いけないなあ~~。女性に対して、そんな乱暴な物云いなんかしちゃあ……」
ふらり、と違う裏路地から現れたのは、いつどんな時でも貴族の夜会に行くような正装を崩さぬ、シュベール子爵だった。