第11章「ふゆのたび」 1-4 山のこっち側
なんとか起き上がったプランタンタンが周囲を確認すると、山脈が巨大な影を視界一杯に映しており、その山影の向こうに無数の流星が落ちている。
「山のこっち側には、星は落ちてないみたいだね」
オネランノタルも4つの眼をバラバラに動かしてあちこち見渡し、そう云った。
「そうみたいですな」
ルートヴァンが照明魔法を焚いて、周囲を照らしつける。もちろん、ルートヴァンは暗闇でも闇を見通す魔術を思考行使して平気だし、ペートリューも地味に無意識の魔力使用で闇でものが見える。エルフとトロールは生体能力として、闇を見通す。魔族のオネランノタルは闇の中でもまったく問題なく行動しているが、そもそも眼(の、ようなもの)はあるが脳も無いのにどうやって外界を視認しているのか、実は不明である。
すなわち……このメンバーで、唯一闇を見通せないフューヴァのためだった。
「1、2、3……」
フューヴァが素早く人数を確認し、
「おい、ストラさんはどこだよ?」
云われ、一行が周囲や互いを確認する。
が、本当にいない。
「着地するまでいたよ、ほんと、間違いないよ」
オネランノタルが、あわててそう云った。
「聖下、聖下? 何処におられます?」
ストラはよくプイと消えるので、まったく心配はしていなかったが、何らかの理由により現在はいつもとは違う状態であることも分かっていたので、ルートヴァンがすかさずそう云いながら探索魔術を思考行使した。
すると、20メートルほど離れた場所に、立っていた。
「あそこにおられる」
ルートヴァンが照明を向けつつ、白木の杖で指した。
「ほんとでやんす。旦那あ! どうかしたんで?」
プランタンタンがヒョコヒョコと近づくと、
「……あっ、きれいな泉がありまっせ! さっすが旦那でやんす! ちょうど、喉が渇いていたんで!」
うれしそうに、プランタンタンが真っ暗闇のなかで四つん這いとなり、水面に口をつけた。
「……ッヒャー!! 冷たくて、うめえでやんす!」
「さすが聖下だ。我々も水を補給しよう」
ルートヴァンとフューヴァが、簡易装備の水筒に水を入れ、さっそくそれを飲んで喉を潤しつつ、何度も補給した。
ペートリューは、この泉が全部酒だったら……という眼で、じっとりとその光景を凝視している。
「しっかし、こっち側はあっついなあ! あたしゃあ、とっととゲーデル山にいきてえよお」
やおら、ピオラが眉を八の字にしてそう云ったので、フューヴァやプランタンタンが目を丸くする。
「確かに、あの草原よりゃあずっと暖かいけどよ……暑いっていうほどじゃねえぞ」
帝国の気候は、バハベーラ山脈の北と南で、ガラッと変わる。
気温も、10℃は違う。ガフ=シュ=インではマイナス一桁ほどだったのが、こちらではプラス一桁ほどになっている。この標高の高さでそれなのだから、ノロマンドル公国まで下山すると、ピオラにとっては真夏並みになる。それどころか、天気と気温によっては熱中症になる危険もあるほどだ。
とはいえ、こちら側とて、そろそろ雪もちらつく時期ではあるのだが。
「今日はたまたま、気温が高いんだろ……ピオラ、私がなんとかしてやるから、安心しなよ」
「番人がそう云うんなら、安心だあ。なあ、ちょっと、水浴びしていいかい? あっついし、敵の血が渇いてカピカピだよお」
云われてみれば、ピオラは王都オーギ=ベルスの軍団を鏖殺した際のままで、全身の返り血と泥が乾いて薄汚れている。
「この、手がもげそうなほど冷てえ泉に入るんで?」
プランタンタンが云うが、装備をそこらに放り投げたピオラが、面積の小さい下着のような姿のまま、波を立てて泉に入り、気持ちよさそうにバシャバシャと顔や身体をぬぐった。
「ルーテルさんよお、あたしらも、どっかでいったん休もうぜ……フロとは云わずとも、湯浴みくらいはしたいぜ。なあ、プランタンタン」
「あっしは別に、これっくらいは平気でやんす」
フューヴァは知らないが、ストラと出会ったころのプランタンタンは、ゲーデル牧場エルフの酋長グラルンシャーンの牧場より逃亡してきたばかりで、いまの20倍は汚かった。
実はペートリューも、リーストーンのタッソでは酒びたりの浮浪者のようになっていたので、今現在と大して変わらない。据わって澱んだ眼のまま、無言でガフ=シュ=インの毛長牛の乳酒を、飲み納めとばかりにひたすら飲んでいる。




