第11章「ふゆのたび」 1-3 チィコーザへ
「まっすぐ南へ向かうと、ちょうどノロマンドルのあたりなんだが、ここを飛竜で越えるのは無理だ。風が強すぎるし、なにより空気が薄くて俺たちが死んでしまう。ずっと西もしばらくこの規模の山々が続くし、東に向かうのが早い。ガントックとチィコーザの境目あたりに比較的標高の低い山々が連なっていて、そこを越える。いちおう、街道も通っているが、通るやつはあまりいないね。大昔、帝国の北伐軍10万がそこを通ったという伝説もあるが、信憑性は薄い」
ホーランコル達はよく分からなかったので、とにかくシーキに従った。
山脈を右側に仰ぎ見ながら東進し、5日めで確かに山々の高さが急に低くなった。
途中、まだ人間のいる村があり、休息し物資を補給した。
そこは隕石の被害もほとんどなく、村人達はいったい北部で何が起きたのかを矢継ぎ早に4人へまくし立てたが、正直ホーランコル達も何が何だか分からず、とにかく逃げて来たと云うのが精一杯だった。
また、ガフ=シュ=インの中でもかなりの辺境の部族語で、さしものシーキも片言しか言葉が分からなかった。
脱出するときに荷物はほぼ捨ててきたが、肌身離さず持っている物入れに入れていた金を投げるように払い、一行はすぐに飛び立った。
そこから一気に山脈を越えて4人はガフ=シュ=インを脱出し、チィコーザ王国ヘ入った。
チィコーザ側の山脈の麓で、目立たないよう、紅葉も散り始めた森の片隅へシーキは飛竜を降ろさせた。
「王国内は、飛竜での移動は禁止だ。ここからは徒歩になる。……が、あんたたち、どうするんだ。俺は、王国内だろうと常に身分を隠して行動する身だが……さすがに、王都ではそうはゆかない。俺を見知っている者も出てくるだろう」
シーキにそう云われ、ホーランコルが軽くキレットやネルベェーンと眼を合わせたのち、
「シーキさん、我々はここで御別れです。3人でチィコーザに潜伏し……あとは、殿下の指示を待ちます。場合によっては、シーキさんと敵対することもありましょう」
「そんなことは覚悟の上だし、御互い様だ。だが……俺は、天変地異により、あんた達とはガフ=シュ=インで別れたことにする。このままでは、王国への密入国を手助けしたことになっちまうしな」
そう云って、シーキが笑う。
「シーキさん……」
柄にもなく、ホーランコルが目を潤ませた。
「おい、ホーランコル、俺たちの仕事に、感傷は禁物だぞ!」
そういうシーキも、軽く目元をぬぐった。
「本来であれば、俺が3人の命と身分を保証してやりたいのだが……」
「シーキさん、御気遣いは無用! そんなことをすれば、シーキさんの立場と命が」
ホーランコルに云われ、シーキが苦い笑みを浮かべた。
「すまん。俺はしょせん、薄汚い裏仕事専門の間諜騎士だ。いや……騎士とは名ばかりで、宮廷での身分も低いし、蔑まれている。俺の言葉は、上には響かん……」
「我々は大丈夫です。シーキさんは、殿下の御言葉通り、チィコーザがイジゲン魔王様の戦いに巻きこまれて滅亡しないよう、働いてください」
「そんな大役、どこまで務まるか……。ま、精一杯やるとするよ」
シーキが、右手を上げて踵を返した。
と、少し歩いて振り返り、
「報酬の半金は、貸しにしておくからな」
ニヤッと笑ってそう云うと、振り返らずに森から出た。
3人はシーキが木々の合間に見えなくなるまで見送っていたが、
「ホーランコルさん。シーキさんはああ云いましたが、催眠魔法などで強制的に情報を引き出されないとも限りません。我らのことは、チィコーザに知られているという前提で動いたほうが良いでしょう」
「ですね」
キレットの言葉に、ホーランコルも表情を引き締める。
「それに……何の心配もないとは思いますが、イジゲン魔王様や殿下たちも、あの天変地異から御無事に脱出していることを祈りましょう」
「はい」
キレットとネルベェーンがうなずいた。
3人は飛竜を逃がし、チィコーザ北部の山岳地帯に消えた。
一方、オネランノタルの魔力行使転送で一気にバハベーラ山脈を越えたストラたちは、その夜のうちにノロマンドルに到達した。
すさまじい速度で地表に激突し、無事ではあったがプランタンタン、ペートリュー、フューヴァの3人は衝撃で投げ出され、うすら寒い丘陵地帯に転がった。
「いってえでやんす……!」




