第11章「ふゆのたび」 1-2 山脈に向かって
頭を抱えて駆け寄ってきたシーキが、3人にそう叫んだ。隕石が空気を切り裂く音が、すさまじい勢いで周囲を埋め尽くしている。
「特別に高速に飛ぶ飛竜を呼びます! それに乗って……」
キレットがそう云い、ホーランコルを見やった。
「……南だ、とにかく、南へ……」
「山脈を越えるのか!?」
ホーランコルの判断に、シーキがそう云った。
「山脈があるんですか!?」
この王都に近い位置からでは、南の地平線を見やっても、山々は見えなかった。
「ガフ=シュ=インと、帝国を分けるバハベーラ山脈がな! ガフ=シュ=インからは、コプ=ラー山脈と呼ばれている……名前なんかどうでもいい! 広大で、峻厳だぞ! お前たちだって、山脈越えを断念してナツクから海路でガフ=シュ=インに来たんだろう!?」
「だからって、もうどこにも逃げ場はない! 山脈でもなんでも、この国からとにかく脱出しないと……」
云い合っているそばから、今度は遥か東の方角に連続して巨大な隕石が落ち、閃光と地鳴り、地震が4人を襲った。
「ガッ、ガフ=シュ=インはもうだめだ! 壊滅だ!! シーキさん、このあたりから南に山脈を越えると、どこなんです!?」
シーキは一瞬、躊躇したが、頭上を弾丸のように隕石がかすめて肝を冷やし、
「チィコーザだ! お前ら、チィコーザヘ潜入する覚悟はあるのか!?」
ホーランコルも、一瞬、言葉を失ったが、
「覚悟がどうとかは、無事に脱出してからにしましょう! いま、殿下のおっしゃっていたことが分かりました! この、天を覆いつくす狂気的な魔力……全ての星が落ちてきても、おかしくはありません! ここに残っていては、間違いなく死にますよ!」
キレットがそう叫び、シーキとホーランコルもうなずいた。
「いいぞ、乗れ!」
いつの間にやら、ネルベェーンが2頭の飛竜を用意している。いつも乗る種類より一回り大きく、かつ全体にシャープな印象だ。
これは、この世界の住人にとっては「速く遠くまで行ける特別な飛竜」というていどの認識だが、分類学上はまったくの別種だった。
キレットとネルベェーンがそれぞれ先に乗り、その後ろにホーランコルとシーキが乗った。魔術師2人が別れて乗ったのには、理由がある。
キレットとネルベェーンで1頭ずつ、既に魔法防御の術をかけているのだが、万が一、隕石が直撃してバリアが破られても、すぐに術をかけ直せるよう、別れている。
案の定、飛び上がる寸前にキレットの竜を小石ほどの隕石が直撃し、魔法の防御バリアが反応した。
が、ルートヴァンの5重防護も貫く威力だ。
もっともそれは魔王リノ=メリカ=ジントの直接攻撃だったので、そもそも攻撃力が段違いではあるのだが、それでも一撃でバリアが砕けた。
あわててキレットが術を唱え直しつつ、2頭の飛竜が勢いよく飛び立った。
3日後……。
4人は命からがらひたすら南下し、シーキの云うバハベーラ山脈が見えてきた。
帝国北部の「外地」ガフ=シュ=イン藩王国と、「内地」である帝国本土を分ける峻厳かつ巨大な山脈で、東はメターナンからナーチェルク、ノロマンドル、チィコーザ、ガントック、ナツクの北部にかけて続いており、東端はそのままナツクから半島として海に沈んでいる。
山脈の以南以北で気候がガラッと変わり、チィコーザやガントックからこの山脈を超えてガフ=シュ=インに至るルートもあるが、とにかく険しいのであまり推奨されていない。ホーランコル達がナツクから海路でガフ=シュ=インに入った際に迂回した半島は、この山脈の東端である。
既に隕石はほぼ止んでおり、4人は休息と物資補給のため、どんな寒村でもいいから降下して立ち寄った。
しかし、3日前、飛び立って数刻もたたないうちに王都方面に起きた大爆発の影響で、昼でも空一面が夜のように暗かったし、雨のように降り注ぐ灰や細かい塵が初冬の草原を覆って、どんな村も無人だった。無人の理由は分からないが、井戸や川は土砂、塵、灰に埋まり、掘って得た水も濁っておりとても飲めたものではなかった。毛長牛を含めた家畜もみな死に絶えていて、なんとか家々に侵入して水瓶に残った水や、食糧庫の保存食糧を失敬して生き延びた。
そうしてさらに5日を飛び続け、ついに仰ぎ見るような山脈の威容が眼前にせまった。
まず麓に降り立ち、シーキが行程の説明をする。
山脈から強い風が吹きおろしており、上空はもっと風が逆巻いているように見えた。ガフ=シュ=イン全土の空を覆う灰や塵も、ここではその強風に押しのけられて青空も見えている。




