第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-EP-1 ヴィヒヴァルン王宮の密談
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そのころ、ヴィヒヴァルン王宮。
ヴィヒヴァルンは帝国でも中南部に位置し、標高もそれほど高くはなく、平均すると比較的暖かい土地柄なのだが、なにせ完全に内陸なので寒暖差が大きい。 王宮の、日当たりの良い暖かい一室にて、老王ヴァルベゲル8世と、ヴァルンテーゼ王立魔術学院長にして王の側近、幼なじみ、盟友の大魔術師シラールがゆったりと紅茶(正確には、我々の紅茶に近い完全発酵茶……茶も、似たような特性を持つ当該世界未知植物)を飲んでいた。
それだけなら、一線を退いた老人達の憩いの時間なのだろうが、この2人はまだまだ現役で、帝国を根本から作り替える野望に燃え、策謀に勤しんでいる。
帝都経由で、ようやくヴィヒヴァルンへガフ=シュ=インの一方的な宣戦布告の報が届いたのだった。
「フン……」
魔術式による、我々の緊急電報のような極秘のフルトス紙を卓の上に放り投げ、老王が鼻で笑った。
「いまさら……皇帝府の無能役人ども……わざと、遅らせおったな……」
「なんのために?」
無邪気な笑顔が逆に恐ろしいシラールが、眼を細めて王に訪ねる。甲高い声や見た目も年齢より若々しいが、王より3つ年上だ。
「知らんよ」
実際は、意図的にではなく、外地とはいえ列記とした帝国の構成員である藩王国が正式に……しかも、皇帝を輩出する権利を有する内王国であるヴィヒヴァルンに、何の前兆もなくいきなり宣戦布告したことへどう対処すれば良いのまったくか分からず、皇帝府で処理と対応に時間を要したのだった。
とはいえ、結局、何もすることができず、子供の使いのようにそのまま布告をヴィヒヴァルンへ報告しただけとなった。
「昨夜の、異常な流星群を御覧に?」
「見たよ。北の空が、真っ白になるほどのな」
「ガフ=シュ=インは、もうこの世にありますまい!」
「だろうな」
ヴァルベゲルが、初冬の淡い光が差しこむ大きな窓を見やった。この世界のこの時代、これほどまでに透明で、大きくかつ歪みのない我々の世界のような板ガラスを作製するのは、当然のごとく高度かつ効率的な魔法の力を借りなくては不可能だ。従って、魔術王国ならではの光景である。
「とはいえ……この浅はかな宣戦布告……利用する価値は、おおいにありましょうなあ!」
「フフ……しかし、いったい、誰がこのような……」
「神の使いを詐称する、かの国の魔王では?」
「およそ、人の考えることではない。あまりに愚かで」
「魔族の考えなど、その場凌ぎの行き当たりばったり……我々の思考では、とうてい理解できませぬ!」
「なんでもいい。人の考えの及ばぬ存在を利用するのは、我らとて同じだ」
ヴァルベゲルが事も無げにそう云い放ち、ティーカップを啜った。
「しかし、殿下の報告ですと、ストラはゲベロ島よりこちら、調子が悪い様子」
「調子が良かろうが悪かろうが関係ない。どのような状態のストラでも、いかようにも利用できるし、利用して見せるのが我らのウデよ」
そう云って老王が不敵に笑い、
「いかさま……!」
シラールも笑顔を返した。
「とはいえ、我らで少なからず所在を掴んでいた魔王は、これで全てストラが倒したことになるのか?」
「ですね……」
「タケマ=ミヅカも、結局のところ、残りの魔王の居場所を知らんのではないか」
「かもしれません! なにせ、千年近く、1回も出てきていない魔王もいるようで」
「本当に、いるのか? 8人も、この世界に魔王が」
「こうなれば、確かにそれも怪しいですが……いるという前提で動くしかありません!」
「そうだな」




