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第2章「はきだめ」 4-2 とんでもねえ魔法使い

 プランタンタンが肩をすくめ、ペートリューの部屋兼酒樽置き場のドアを見た。

 「身体に悪いよ、さすがに……」


 「もう、どうしようもねえでやんす。あの人は、全身が酒漬けになって死んでも、本望なんでやんしょう」


 「そんな、バカな……」

 フューヴァがペートリューの部屋のドアを叩き、

 「おい起きろ、ペートリュー、仕事だぞ!!」

 返事はない。

 「おい!」

 かまわず、フューヴァがペートリューの部屋を開けた。

 「うっ……」


 充満する酒の臭いと女の体臭に、そういうものに慣れきっているはずのフューヴァも鼻口を押さえる。尋常ではない。単なる酔っぱらいや、飲んだくれの部屋ではない。酒の風呂に入っているかのようだ。酒樽の合間に寝ているのだから、無理もないのかもしれないが。


 「とんでもねえ魔法使いもいたもんだな……酔い醒ましの魔法って、ないのかよ!?」


 「そんな都合のいいもんがありゃあ、苦労はねえでやんす……」

 と、ストラがペートリューの部屋に入ってきた。


 「この人は、先天性の遺伝子異常で、異様にエタノール分解速度が速い……いくら飲んでも、本当は酔えない。だから、酔うまでひたすら大量に飲み続ける……」


 「?」


 当たり前だが、プランタンタンもフューヴァも、なにを云っているのか理解できなかった。


 ストラが窓を開けて風を入れ、毛布のようなものにくるまって床に転がっているペートリューのボサボサの髪の根元……頭の部分に手をかざすと、いきなりペートリューが飛び起きた。


 「な、なにをやったんで?」

 「…………」


 ストラは無言だったが、また特殊な高周波をぶちこみ、こんどは強制的に意識を覚醒させた。


 「眼が覚めやしたか?」

 「う、うん……」

 「さあ、仕事でやんすよ! 顔を洗って……さあさあ!」


 酒くさいペートリューがもぞもぞと起きあがり、なんとか洗面所で顔を洗う。タオルでゴシゴシと顔を拭いているペートリューへ、


 「朝飯……じゃねえや、ナニ飯なんだか分かりやせんが、何か食べておくんなせえ」


 プランタンタンが、午前中に近所のパン屋で買いおいていたパンとチーズを戸棚から出した。


 「い……いりません」

 「身体に悪いですぜ」

 「それより、おさ……」


 云いかけて、流石にプランタンタンの眉をひそめた冷たい表情と驚愕しきっているフューヴァの視線に気づいて、


 「……ですね、何か食べます、ハハ、ハ……」


 「タマネギと、なんだか分からねえ野菜のスープも買ってありやすぜ。温め直しやすか?」


 アパートの流しには、まだ熾火おきびが入っていた。プランタンタンは、まともな料理ができるというほどではなかったが、奴隷だったころにやらされた経験があり、火の使い方は分かる。


 「いや、いいです……」


 この土地は水が悪く、生水など飲めたものではない。まずいし、下手をすれば食中毒で死ぬ。湯冷ましか、湯冷ましした水でワインを薄めて飲むのが習慣だ。スープを食べないのであれば、かすかにワイン風味の水……逆に云うと、超絶に薄いワインを飲むことになる。


 ペートリューは何かの修行のように、あてがわれたパンとチーズをその超絶に薄いワインで一気に流しこむと、


 「食べました」

 凄まじく渋い表情かおで答えた。


 「なんで、メシ食うだけでそんな顔になるんでやんすかね……まともなメシが食えるだけマシでやんす。さ、歯を磨いて、両替所が閉まる前に、行ってきてくだせえ。怪しいやつが出たら、魔法で追っ払ってくだせえよ」


 「エエッ!!!?」

 立ち上がりかけたペートリューが、毒針でも受けたように固まった。

 「そのために行くんでやんすよ!?」

 「え……え、あ、はあ……」


 「たまには仕事してくだせえ! あっしは、ペートリューさんが魔法を使ったとこ、いっっ……かいも見たことありやあせんぜ」


 「まあ……使ってないからね」

 「ないからね、じゃねえでやんす。頼むでやんすよ、ほんとに」

 「アハハ、ハハ……」


 誤魔化し笑いを残して、苦笑するフューヴァと共にペートリューが大金を持ってアパートを出た。

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