第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-6-12 あと2体
無残にもパン窯めいた灼熱高温の家の中で焼かれ、激しい炎にまかれながら、命からがら脱出を試みる。
だが、小さな人間の腕と、のたうつ芋虫状の身体では、素早く動くのは不可能だった。高温に焼けた障害物や、真っ黒い煙に阻まれ、たちまちのうちに動かなくなった。
死んだのである。
ストラが直上から炎の中に降り立ち、焼け焦げた死体の中のシンバルベリルからエネルギーを奪った。同時に、炎の熱も奪われ、一瞬で消火された。
ストラ、無色になったビー玉のようなシンバルベリルごとリノ=メリカ=ジントの生焼けの死体を踏みつぶし、次の個体へ向かう。
2体めは、まだ延焼していない建物の屋根に落ちた。
慌てふためいて、まだ使えるかすかな魔力で人間の手を増やし、細長い体にムカデのように生えた手で素早く走った。
(急げ……急いで隠れるのだ……!! 王都ならば、神の子ほどではないにしても、潜在魔力の高いガキの1人や2人……! い、いや、もはやガキでなくとも良いィ! 一時的に、わずかでも魔力が使えたならば、一気に転送できる! まずは……まずは逃げることだ……! あやつから逃げなくては、どうにもならぬわ!!)
いったんストラから隠れひそみ、新しい神の子さえ得てしまえば、また分裂して新しいシンバルベリルを作り出すこともできる。
(とにかく!! いまは逃げきることだけが肝心だあああああ!!!!)
そのリノ=メリカ=ジントを、ストラが鷲掴みに捕らえた。
「ギィイエエエエエ!! き、きっさまあああああーーーーーーッッッ!!!!」
50センチほどもある真っ白な魔蟲がクネクネと大暴れに暴れ、口から臭い茶色い液体を吐いたが、抵抗にもならなかった。
もはや美しくかつ虚しく赤く光るだけのシンバルベリルから、一気にストラがエネルギーを奪うや、フィールドおよび次元転換に巻きこまれたリノ=メリカ=ジントが、一瞬にして原子にまで分解され、時空の狭間に消え去った。
残った空っぽのシンバルベリルだけが、建物の屋根の石材に落ち、割れた。
3体目は、2体目と同じく建物の屋根に落ちようとして、わずかに届かず、何かにぶつかって跳ね返され、そのまま通りの人ごみの中に落ちた。
王都民は、完全にパニックであった。狭い路地では真っ暗な中で群衆雪崩が発生し、既に何百人と圧し潰され、窒息して死んでいた。
そこにボガボガと大小の隕石が落ちており、頭を砕かれ、身体を貫通し、手足がひしゃげ、崩れた建物の下敷きとなり、さらに人が死んでいる。
加えて、火災の火が回り始めた。乾燥した冬の空気に容赦なく燃え上がり、厚着した人々の衣服に着火して、人間の群れがたちまち火に呑まれてゆく。
そこへまた隕石が落ちて、阿鼻叫喚、地獄絵図、この世の終わりのような様相を呈している。
そんなところに、3体目のリノ=メリカ=ジントは落ちたのだった。
常ならば、こんな人ごみなど意にも介さないが、もうほとんど魔力を使えない今は異なる。
圧し潰されないよう、人々の上を懸命に走り、どこか建物の陰に隠れようと必死だった。
かといって、こんな群衆の足元に落ちては、踏み潰される恐れがある。
もはや、それほど魔力の使用は制限されていた。
(ヒィ……ヒィイ……!)
情けないとか思う暇もなく、リノ=メリカ=ジントはとにかくその場より逃れようと命懸けだった。
節くれだった短躯より生えた小さく細い人間の腕を懸命に動かし、口より白い泡を吹いて、人間の波の上を泳ぐ。
人々は、こんな猫なのだか魔物なのだかも分からぬ存在に気付く余裕もなく、ひたすら叫び、押し合いへし合いで逃げようとしていた。
(マ、マズイ、火が回ってきているぞ!)
リノ=メリカ=ジントは、すぐ近くから轟轟と吹き上がる炎の破片が降ってき始めたので、驚いて止まってしまった。
そこに、直径30センチほどの隕石が直撃した。
爆発が起き、人間の破片ごと吹き飛ばされ、リノ=メリカ=ジントが宙に舞った。
そこを、空間迷彩もかけずに浮遊しているストラが掴んだ。
「ゲエエェッ!!」
炎に照らされるストラがリノ=メリカ=ジントの頭を引きちぎって、シンバルベリルからエネルギーを吸収。一瞬で蒸発するように、リノ=メリカ=ジントは消失した。
(あと2体……どこだろ)
三次元探査の精度を上げる。
もう、準戦闘モードも終了していた。
今は、待機潜伏自衛戦闘モード・レベル3である。
巨大隕石を迎撃するほどの攻撃はしばらく無理だが、エネルギー回収は可能だし、もはやリノ=メリカ=ジントを相手に戦闘する必要もない。




