第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-14 託宣絶対主義の歪み
「かまわん! 魔法で攻撃しろ!!」
「とにかく、バケモノどもの突進を止めろ!!」
「好きにさせるなああああ!!」
将軍や大隊長も混乱の中で指揮が取れず、もう中隊長クラスの前線指揮官が個別に対応するしかなかった。
すさまじい音を立てて火球魔術や魔法の矢が飛び交い、直撃を食らったゴーレムがひっくり返って歓声が上がった。
しかし、ガルスタイクラスの魔術師の作成したゴーレムならば、その直撃で動きを止めるか、体の一部も破損するだろうが、オネランノタルのゴーレムは並の魔術ではその磁器のような装甲が魔法効果を弾いて、衝撃で倒れるものの、ほぼ無傷だった。
これは、フィーデ山で魔王レミンハウエルが研究していた、一定の魔力文様パターンで魔法効果を弾く仕組みとはまた異なるメカニズムで、もっと単純に、純粋に硬質なのだった。
起き上がり、ホバー走行を止めたゴーレムたちが大股でノッシノッシと歩き回り、長槍を振り回して兵たち打倒してゆく。ゴーレムといっても巨人サイズではなく、身長2メートルほどなので大柄な兵士といったところだが、対人重装甲兵に匹敵する戦闘力を発揮した。
具体的には、少なくても1体で最低20人は殺せる能力がある。それだけで、2,000体のゴーレムが40,000人の兵を殺す。オオスズメバチがミツバチを狩るように、粛々と兵士の死体が積み重なって山となった。
あとは、時間の問題だ。
「……だめだ!」
「あんな奴どもには勝てんぞお!!」
「逃げろ、逃げろ!!」
「王都に退却しろ!!」
現場の判断で、どんどん兵士が遁走を始めた。
しかし、とにかく周囲は闇であり、戦闘の喧騒や照明魔術によって星も見えない状況となったので、兵士たちは方向感覚を失い、蜘蛛の子を散らすように平原の闇に飲まれて消えた。
「戦況は、どうなっている!!」
本陣に伝令も来なくなり、近衛兵が偵察に出たがそれも戻って来ない。
「……殿下、いったん退却を!」
若い将軍がこの寒気の中、脂汗を浮かべてそう進言した。
「余は藩王なり!!」
ガミン=ドゲルが、目の色を変えて怒鳴りつけた。
大元帥レザル=ドキが、息をのんで目をつむった。
「陛下と呼ばんか!! 託宣なるぞ!!」
「え……で、殿下……藩王……!? 託宣……!?」
事情を知らぬ者どもが、凍りつく。
「先王は託宣により、余が誅殺した!! 余が藩王なり!!」
「……!?!?!? ?? ???? !? ……!?!? ……」
天幕内に、外の喧騒とガミン=ドゲルの荒い息だけが響き、あまりの混乱で将軍たちは息をするのも忘れて、血走った目のガミン=ドゲルをただ凝視している。
レザル=ドキは大元帥そして先王の側近として、新王に忠誠を尽くす意味においても、ここは声を発して新王と新将軍らの間をとらないといけなかったが、どうしても体が動かず、声も出なかった。細かく震えて立ちすくみ、
(……なぜ……なぜ神の子は……このような……!? 何を御考えになって……このようなことに……どこへ……我が国を……御導きに……!?!?)
何を考えても何もない。そもそも、リノ=メリカ=ジントは、太古の昔より自身の平安と安心しか考えていない。そのための寄生体としての神の子であり、託宣である。だいたい、魔族なので人知の及ぶ思考回路を持っていない。さらに、群体としての集合知なので、よけい訳が分からない面がある。理路は初めから立っておらず、群体がなんとなく少しずつ、しかし確実に進む方向を決めるように、これまでじわじわと進んできたにすぎない。
その託宣を利用してきた、北の平原の人々の生きる知恵としては、託宣に振り回されすぎないこと……これが第一であったはずなのだ。
しかし、ガフ=シュ=インは、国の成り立ちから託宣を利用したためか、いつしか託宣絶対主義のようになってしまった。
そのひずみが、危急的国難に際し一気に出てしまったのだろうか……。
レザル=ドキが絶望に愕然と身をゆだねていると、一陣の突風がふいて天幕をなぎ倒した。
藩王を含め、将軍たちも何が起きたかわからず、闇の中、なんとか倒れた天幕の下から脱出する。
「大将首はここかあ?」
聞きなれないトライレン・トロールの言葉で、天幕を薙ぎ払ったピオラがつぶやいた。
散発的な照明魔術の光の下に、全身に血飛沫を浴びた、身長2メートル半ほどの豊満かつ筋骨隆々極まる真っ白な大女が影を落として、藩王や将軍たちを見下ろしている。




