第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-13 天の奇跡
決戦軍には、魔術師部隊70人のほか、大神殿より司祭級を含む神官兵士140人も派遣されており、53,000の軍団を師団単位、大隊単位で覆いつつ、全体をもすっぽりと覆う多重の魔法防御術を施すのに充分な人数だった。
魔法警戒のほか、見張りを幾人もそろえて野営をしつつ、新藩王を含む本陣では明日の決戦の作戦を練っていた。
「明るくなったら、物見を放ちつつ、各部隊ごとに波状突撃し、魔王を包囲しつつ真正面から撃破します」
ガフ=シュ=イン伝統の、草原での機動戦である。この戦法で、かつては帝国軍を何度も平原の南に追い返した。
新藩王ガミン=ドゲルがうなずきながら、
「敵魔王は、兵を有していないとのこと……。また魔王本人は、いまだ本調子ではないらしい。この隙に勝機がある。神の子が、敵魔王を討伐するために、天の奇跡『星々の血の喜び』を準備中だ……。それまでに、我らは魔王を脅かし、少しの間、時間を稼ぐのだ。たとえ、小細工で兵を集めていようともな」
「少しの間とは、どれほどでしょうや……」
大元帥に緊急昇格した元近衛将軍レザル=ドキが、ほかの4人の将軍を代表して問うた。4人のうち3人は、ルートヴァンの攻撃で死んだ将軍の後釜に急遽、据えられた若いものだ。
「早くて今夜未明、遅くても明日中には、攻撃が始まるとのことだ」
「殿下、天の奇跡とは、いったい、いかなる攻撃ですか?」
将軍に抜擢されたものの、まだ藩王が死んで代替わりしたことを知らない若い将軍が、緊張しつつガミン=ドゲルを王太子だと思ってそう呼びかける。
レザル=ドキが、驚いて新王を凝視したが、ガミン=ドゲルはすましたまま受け流し、
「余も詳しくはわからない……神の子の御言葉を、信じるほかはない」
「ハハッ」
ガミン=ドゲルの自称が、王だけに許される「余」だったことに気づいたのは、レザル=ドキだけだった。ほかのものは、そんな余裕はない。
(だいたい、神の子の起こす奇跡とは、何のことだ……? 星々の……? 初耳だ。本当に、魔王を倒せるほどの秘術なのか……!?)
レザル=ドキは、もうどうにでもなれという気分だった。
(陛下……私も、すぐに後を追うことになりましょう)
そう思い、目を細めて天幕の屋根を見やった。
涙で、照明魔術の薄明りに照らされる天幕が滲んで見えた。
その時……。
地震めいて大地が揺れ、巨大な温室を破壊したような、大きなガラス建築をぶちぶった音が連続して響き、すぐさま兵たちの動揺した声が陣を駆け巡った。
「何事だ!!」
何事も何もない。
「敵襲ーーー!! 敵襲うううーーーーーーッッ!!!!」
「夜襲です!!」
「魔王軍だあああああ!!」
「ヴィヒヴァルンの魔王が、夜襲ううううーーーーッッ!!!!」
各大隊から伝令が入れ代わり立ち代わり本陣に現れ、魔術師の魔法が炸裂する音、兵たちの喧騒……いや、悲鳴が闇夜に轟いた。
規模こそ大きいが、一般レベルの人間の魔法や神聖魔法の複合結界など、オネランノタルの前では通常の窓ガラスをハンマーで割るにも等しく、一撃で大穴を空けた。
そこから、ホバー走行めいて地上10センチから20センチほどを浮遊するゴーレム兵団が整然と雪崩こむ。
電撃戦、機動戦がメインの軍団が休憩中に夜襲を受けたのだから、完全に不利な状況である。
さらに敵は、上級魔族による強力な魔力の直接行使で製作された強靭なゴーレムだ。
基本的に通常攻撃に異様な耐性を持ち、魔法攻撃及び魔力付与武器でしかダメージを与えられない。ゴーレムを通常の物理攻撃で破壊するには、それこそ対重戦車プラズマ砲級の攻撃力が必要だ。
「なんだ、何の攻撃……!」
「どこの軍勢だ!」
「なんだ、こいつらは!」
「バケモノだ!!」
「魔物だ!!」
「刀が通じないぞお!」
「魔術師、魔術しィイイイ!! 魔法で攻撃しろおおォオオオオ!!!!」
あとはもう、阿鼻叫喚である。
ゴーレムたちはホバー走行のまま長槍で天幕ごと兵士や毛長牛をなぎ倒し、体当たりで打ち殺した。暴走した自動車にはねられたように、人間がドバドバと左右にぶっ飛んだ。
なにより、真っ暗闇の中で攻撃が行われており、遅かれながら魔術師たちが照明魔法を唱えまくったが、53,000の陣容の全体を照らすにはほど遠い。散発的な明かりに照らされたのは、ゴーレム軍団がアイスホッケーの選手めいた速度で縦横無尽に走り回り、人間をぶっとばして、あれよあれよという間に陣をズタズタに分断する様子だった。




