第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-12 異様にして威容そのもの
しかも、つい今しがた前藩王ドゲル=アラグが我が子に誅殺されたことは、まだ秘されていた。
「そんなことを、いま兵たちに……いや、我々以外の誰にも知られるわけにはゆかぬ」
というのが、宰相と近衛将軍の判断だった。
もっとも、「託宣」が出されているので、反乱などは起きようはずもないのだが……。
兵士や国民の動揺は、計り知れない。
(……一から十まで『託宣』に頼り切った国の末路など、このようなものか……)
幼いころは藩王……いやドゲル=アラグの兄貴分の学友であり、ハトコでもある宰相アイト=ズムは、達観していた。
(ヴィヒヴァルンの魔王……イジゲン魔王……ほとんど、その名前と手下の働きだけで我が国をここまで崩すとは……恐るべし……!!)
「出陣!!」
いくら士気が地を掃き、動揺が天まで突き抜けようと、名にし負うガフ=シュ=インの騎兵軍団は、我々でいう午後2時半ころ、粛々と初冬の寒風の中を平原へ向けて出立した。
王都の目と鼻の先にあるイン=ブィール平原までは、夕刻までにつくだろう。
決戦は、明日の朝イチになると思われた。
王都近郊から平原に至る道すじは、王都の常駐軍にとっては馴染みのある光景だった。年に一度のイン=ブィール大祭で全土全軍が集まる際に、いつも通る道だからだ。
王都高原からゆるゆると道は坂を下り、広大な盆地でもあるイン=ブィール平原へ至る。平原の広さは、ガフ=シュ=イン全土全軍50万が1週間にわたって縦横無尽に各種競技(という名目の軍事訓練)を行うのに充分すぎる広さをもっており、王都がすっぽりと10は入るほどである。
その平原のど真ん中に、土と石から作られた魔法の兵士が、約2,000も整列している。
オネランノタルが5日ほどで作り上げた、ゴーレム軍団だ。
「フランベルツの魔王」こと疑似生命付与魔術の達人、フランベルツ宮廷魔術師ガルスタイが20年以上かけて作り上げた領都ガニュメデ防衛用のゴーレム軍団をはるかに凌駕する質と数のゴーレムを、オネランノタルは5日で用意した。
しかも、石と煉瓦と土塊を重ねあげたようなものではなく、銀灰色に輝く高級な磁器で作られたような冷たい光沢をもつ鎧をまとった、昆虫人間のような姿をしていた。
これは、魔族であるオネランノタルのデザインだと、どうしてもこういう外骨格を持った昆虫型(あるいは甲殻類型)魔族のイメージとなるので、見るからに対人ロボット兵器のような姿となる。
我々にはむしろアニメやゲーム等で馴染みのある姿かもしれないが、この世界の人間にとっては、異様にして威容そのものだ。
身長約2メートルに、ファランクスめいた長さ5メートルほどの槍を持って、約40体50列の方陣を組んで物音も立てない。
その前に仁王立ちで立っているのは、この寒さの中でほぼ竜革のビキニ姿の豊満で大柄な女トライレン・トロール……ピオラだ。
ドッシと大地に突き立てた五つ刃の巨大多刃戦斧の長柄に両手を置き、平原の奥をにらみつけている。
その横に、再びすっぽりと真っ黒い墨をこぼしたようなローブ姿になった、オネランノタルがいた。
2人は、何時間もそのままだった。
やがて北の初冬の早い夕日が長い影を平原に落とし、すぐさま闇に包まれる。
無数の星が、天蓋を埋め尽くしていた。
「……アレが、降ってくるっていうんだから……腐っても魔王だよね……リノ=メリカ=ジントめ……」
唐突に、オネランノタルが明るい星空を見上げてつぶやいた。
「あたしは、まだ信じられねえなあ」
ピオラも、小首をかしげて天をにらみつけ、そう云った。
「降ってきたら、地上はどうなるのか? 見てみたい」
「そのうち、いやでも見られるよお」
「そうだね……」
天は星明りと月明かりでむしろ明るいが、地上が逆に真っ暗闇だった。地平線の向こうの、王都オーギ=ベルスの光がぼんやりと浮かび上がっている。
その闇の中を、火の川のように一列になって平原に入る線が見えた。
「見てよ、火の蛇みたいだよ!」
オネランノタルが、無邪気に叫んだ。
王都防衛軍が、平原に入ったのだ。
「朝まで待つのかあ? 番人よお」
「まさか。列が止まったら、攻撃するさ。夜襲だよ」
「ニンゲンは、魔法を使わねえと夜に目が見えねえからなあ」
さも不便だろうなあというように、ピオラが云った。
「なんでもいい、攻撃開始だよ」
「応よお!!」
ピオラの目が、漆黒の中で赤く光った。




