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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-9 ドゲル=アラグの死

 それでも、ギャーギャーギャーギャー云い放題にされるよりストレスは少ない。


 「兵はそろいましたか、藩王」

 「いえ……」

 「イジゲン魔王は、待ってくれません」

 「ハ……」


 「平原の奥は魔力によって隠され……向こうが何をしているのか、分かりません」


 「ハハ」

 「先にうって出なさい」

 「しかし……」

 「託宣なり」


 キヤ=フィンシ=ロに代わり、大神官が重々しい声を発した。

 「藩王よ、託宣を賜ったのだぞ」

 藩王が平伏して敷物に額をつけないので、大神官が声を荒げた。


 「藩王……!」

 「黙れ、木偶の棒が!!」

 「な……!」


 ドゲル=アラグが、やおら立ち上がった。他の神官や女官が、あわてて下がった。


 「逃げます」

 「…………」


 キヤ=フィンシ=ロが氷のような表情の半眼で藩王を見つめ、大神官は顔面蒼白となって立ちすくんでいた。


 「人の身で、魔王にはかないませぬ。魔王を倒すのは、我が役目にありませぬ。我が役目は、王都の人々を……我が、ガフ=シュ=インの民草を救うことに御座りまする。どうか、神の子サマタイにおかれては、そのための・・・・・託宣を・・・


 前代未聞!! 王が、神の子サマタイに、己の都合の良い託宣を要求するとは!!!!


 「何卒!! 何卒御英断を!! 神の子サマタイよ!! 今からでも遅くありませぬ!! 王都の人々を、御逃がし給え!!」


 そこでドゲル=アラグが平伏土下座し、キヤ=フィンシ=ロの……いや、リノ=メリカ=ジントの言葉を待った。


 ドゲル=アラグは、リノ=メリカ=ジントが怒り狂ってキヤ=フィンシ=ロの背後からゾワゾワと出てくると思った。


 が、意外なことに、それはなかった。

 しかも、予想に反し、怒りの気配も無かった。

 (まさか……余の考えに賛同を……!?)


 ドゲル=アラグが、微かにキヤ=フィンシ=ロの様子を伺った。

 「藩王、おもてを上げよ」

 「ハハっ……」


 ドゲル=アラグがそう答え、頭を上げようとした瞬間、その首が落ち、ゴロゴロと高級な絨毯を転がって、胴体から鮮血が噴き出ていた。


 「残念です、藩王よ」

 どこまでも冷たい、キヤ=フィンシ=ロの言葉が響いた。


 大神官を含む高位の神官たちも、まるでその声で催眠にかかった様に、いっせいに神の子サマタイへの祈りの言葉を唱え始めた。


 ドゲル=アラグの首を一撃で落としたのは、第1王子で王太子のガミン=ドゲル=ガウ=ガフシュであった。


 その表情は、キヤ=フィンシ=ロと同じく、完全に感情の無い、鉄扉面であった。

 「藩王は」

 キヤ=フィンシ=ロの言葉がし、神官たちの祝詞の声が小さくなる。


 「藩王は託宣に従わず、あまつさえ託宣を我がものとせんとし、神の子サマタイに己の都合の良い託宣を迫るという暴挙に出た。許されるものではない。ここに、親の罪は子がそれを断じ、王太子が藩王を誅し、新たな藩王となった」


 「託宣である」


 大神官が震える声でそう宣言し、自らの父親の首を落とした第1王子ガミン=ドゲル=ガウ=ガフシュが、その血だまりの横で平伏した。


 「託宣により、第17代ガフ=シュ=イン王を拝命し、誠心誠意、神の子サマタイに従うことを誓いまする」


 その後ろに、細かく震えながら宰相アイト=ズム=ガウと近衛将軍レザル=ドキ=ガウが現れ、新藩王と神の子サマタイに同じく忠誠を誓った。


 「藩王、新たなる藩王よ」

 「ハハアッ!!」


 ガミン=ドゲルが平伏しつつ、刃物のように鋭くも鈍い光を放つ眼で、キヤ=フィンシ=ロを見つめた。


 「全軍をもって平原を襲え。死を恐れるな。王都を護れ。神の子サマタイの起こす奇跡を待て。今夜半にも、奇跡は起きるであろう。さすれば、ヴィヒヴァルンの魔王もただではすまぬ」


 「託宣のままに!!」

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