第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-7 王都脱出
「畏れ入ります……」
シーキが苦笑する。
「それにしても、チィコーザの特務騎士にしては、甘かったな。竜に、鞍をつけていなかっただろう」
「違いますよ、ガントックには、鞍無しで竜を操る達人が本当にいるのですよ」
「ほう……」
「しかし、ガフ=シュ=インの連中は知らなかったようで、逆に怪しまれる結果に」
「なるほど……豊富な知識が、仇となったか」
「そのようで」
「フ……僕も、気をつけるとしよう。蛮族には、小賢しさが時に逆効果になるとな」
「ところで殿下、ここまで来て、私を見捨てて御帰りになるんじゃないでしょうね。ちゃんと、キレット達の食料や水も仕入れましたよ!」
「まあ、待て……シーキよ、先日よりキレット達の魔術を逃れた増援が少しは集まっているようだが、それを加えて王都の兵力は今どれくらいと観る?」
「6万はありますまい。5万と……5,000くらいかと」
「さすがだ」
「合格ですか」
「合格だ。今後も、その調子で頼むぞ」
「いやいや、待ってください、私はイジゲン魔王に忠誠を誓ったわけで……」
もう、カラスを構成する魔力が融解し、別の術が作動。シーキの体が、宙に浮かび上がった。
「うおおッ!」
そのまま小屋から飛び出て、弧を描いて空を舞い、やや離れた停竜場の真上に落ちる。
と、思いきや、まっすぐにシーキは飛竜に乗る格好となり、同時に竜をつなぐ鎖が断ち切られ、周囲に白煙が上がった。
もう、飛竜が強力な翼腕と脚でジャンプし、数メートルも浮かび上がったところで強力に羽ばたいて、地面から飛び立っていた。
「な……なんだ!?」
「襲撃だ!」
「間者が逃げたぞ!!」
「射れ、射殺せ!」
王都の警備兵が喚き散らしたが、飛竜は風を掴んで、王都のはるか上空まで飛び去っている。
「さ……さすが、名にし負うルートヴァン公だな!」
シーキが、目を白黒させて叫んだ。乗竜術自体はキレットの魔術であるので、あとは一目散にキレットの達のところへ帰るだけだった。
が……。
巨大な羽音が迫ってくるのを感じ、ゾッとしてシーキが振り返る間もなく、とんでもない速度の真っ黒い塊が、飛竜の周囲を縦横無尽に飛び回り始めた。
(こっ、こいつら、どこから!?)
2メートルはありそうな、スズメバチと古代トンボを合わせたようなバケモノが5、6匹も飛竜を取り囲んでいる。
リノ=メリカ=ジントが、防衛用に王都に放っている魔獣の一部だった。
飛竜が、ヒラリヒラリとコウモリのように舞って追跡を逃れようとするが、速度も機動力も格段に魔獣が上だった。
そして、攻撃力も。
シーキが腰の小剣を抜くも、とても役に立ちそうも無かった。
(すまん、ホーランコル!)
その魔獣どもを、猛悪的な威力と速度の魔法の矢が、対空ミサイルめいて次々に打ち据えた。
「ギュシィイ!!」
軋み声を発し、魔力中枢器官を破壊された魔獣が粉々に砕けて、どんどん墜落する。
「……!!」
シーキが息を飲んで、周囲や下方を確認した。
(助かったのか……!)
「この貸しはでかいぞ、シーキよ」
やおら耳元でルートヴァンの楽し気な声がして、シーキ、
「かないませんな、殿下」
苦笑しつつ、胸を撫で下ろした。
その日の、午後。
バーレン=リューズ神聖帝国に臣従していつつも、常に反逆の牙を研いでいたガフ=シュ=インは、藩王の号令一下、1か月で40万の兵力を動員する能力を有していた。年に一度、全国から50万人もの毛長牛乗りや相撲を含めた各種競技のために人が集まる特別な祭りも行われ、これは祭りに偽装した軍事訓練に他ならない。
王都オーギ=ベルスには、常時警備兵と称して7万の王都守護兵団を有し、近隣3州からは3日でさらに5万が集まる体勢を常に維持していた。




