第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-5-6 鞍が無い
瞑想するキヤ=フィンシ=ロの後ろから甲高い声でヤノヤイノ云われ、ドゲル=アラグがはらわたを煮え繰りかえらせて下がった。
(お、お、覚えておれ、クソ魔蟲ども!!)
もう、いつストラに寝返るかしか頭に無かった。
そんなドゲル=アラグを見送り、姿を隠したリノ=メリカ=ジントはキヤ=フィンシ=ロの口を借りて大神官を呼び、こう伝えた。
「王太子と話がしたい。ただし、藩王には内証で御願い」
2日後……。
結局、藩王が平原に送った偵察隊(を装った降伏の使者)は、誰一人として帰って来なかった。
(そう、都合よくはゆかんか……!)
藩王が、苦虫をかみつぶす。
近隣3州からの増援は、2日もあれば水が流れてくるように7万は集まる体制になっていたが、1万ほどしか来なかった。
キレットとネルベェーンの操る竜の群れが複数に分かれ、国衆たちの軍勢が集結する前の初期の段階で襲いかかってバラバラに蹴散らしたばかりか、後方の兵たちの村々に襲いかかったものだから、噂を聞いた兵士が慌てふためいてみな故郷に戻ってしまったのだ。
しょせんは国衆……。藩王家の直臣とは、忠誠心がまるで異なる。
ルートヴァンは、この結果にいたく満足した。
「ふん……さすがだ、南方大陸奥地の魔獣使い……たった2日で、王都の戦力を半減させたに等しい」
「面白いやつらを、手下に使ってるんだね」
不眠不休で続々とゴーレム軍団を整備するオネランノタルが、その竜達の動きを感知しつつルートヴァンへ云った。
「手下ではございません」
「そうなの?」
「仲間です」
「仲間だって!?」
オネランノタルが、楽し気に笑う。
「異次元魔王聖下の臣下は、皆等しく、聖下の御大業を助ける仲間ですよ」
「フフッ……そうなんだ……仲間ね……仲間……ウッフフフ……」
オネランノタルはそれっきり、また製作に没頭した。魔族の笑いのツボなど知ったことではないルートヴァン、偵察に飛ばしたカラスの情報から、それでも概算で1万は王都に入ったことを確認していた。
同時に、昨夜、連絡用の小竜で試しにキレット達の様子を伺った際、ホーランコルよりシーキが飛竜を使って王都に潜入したことを聞かされていた。うまくゆけばそろそろ戻ってくるころだが、まだ戻っていないという。
(自信があるのか、バカなのか分からんヤツだな……どれ……)
カラスを使い、主にガントックの竜騎兵や竜騎兵あがりの飛竜商人を迎える竜着き場を探った。王都の隅に専用の停竜場があり、竜の面倒をみる職人の施設もある。それほど大規模な施設ではなく、いまも竜が1頭、いるだけだった。シーキの竜に違いない。
しかも、既に衛兵が何人も竜を囲んで警戒している。
(チィコーザの特務にしては、ぬかったな。どうせ、ガントックの騎兵のフリをして潜入しようとしたはいいが、竜に鞍が無いことを見とがめられでもしたんだろう……。平時ならまだしも、いまは戦時だ……そんな怪しいヤツを、見逃すはずがない)
ルートヴァン、内心舌を打ちつつ。
(ホーランコルやキレットが世話になったようだし……どれ、恩でも売ってやるとするか……。もっとも、まだ生きていれば、だが……おっ)
カラスが王都の低空を飛びつつ、建物の影より停竜場を伺う怪しい人物を発見。深いフード姿で荷物を抱え、いかにも夜逃げスタイルだ。
(流石に、まだ生きていたようだ……どれどれ)
カラスが、人物の近くの屋根に止まった。
「おい、シーキか? 僕だ、聴こえるか?」
囁き声ながらしっかりルートヴァンの声を認識したシーキが、驚いて周囲を確認した。
「こっちだ」
「で、殿下、声が大きゅう御座る……!」
「これでも大きいのか」
シーキがフードのままカラスを手招きし、カラスがシーキの肩に止まると、シーキが小走りに掘っ立て小屋のようなところに転がりこんだ。
フードを外し、冷たい空気に白い息を吐きながら、シーキ、
「殿下、よく私が王都に潜入していると」
「ホーランコルに聴いた」
「それにしても、よく……」
「なに……飛竜商人に化けたようだが、うかつにも警備兵に気取られたようだったからな。捕らえられていなければ、戻るに戻れずこの辺をコソコソしていると思ったまでだ」




