第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-4-6 鼻クソを飛ばすよりショボイ
だからと云って、降伏するか? それとも逃げるか?
(どちらも、いまさら遅い!! 既にこちらからヴィヒヴァルンに宣戦を布告し、使者にも戦闘を宣言してしまっている!)
毛長牛の上で短い杖を振りあげ、通りを疾駆しながらルガペ、
「人の矜持を、魔物どもに見せつけよ!! このジ=ヨと市民を護れ!!」
「応!!」
同じく毛長牛の上で応えた騎兵や魔術師を、突如として飛来した魔法の矢が次々に打ち据える。
それも、威力が半端ない。
当然ながら同じ魔術でも、術者のレベルによって威力は上下する。
ヴィヒヴァルンでは魔法学院初等科3年生が習う、いわゆる魔法の矢は、攻撃魔法の基礎中の基礎だが、応用範囲は広く、効果も高いとあって、この世界では最も多用される魔法の1つだった。
子供が使う魔法などは、手で尻を叩かれた程度の威力しかないが、ルートヴァンクラスになると対人ライフルに匹敵した。通常装甲では防ぐことができず、それこそ装甲車並の厚さの鋼板か、人の着る鎧では高レベルな対魔法防護の装備が必須となる。
まして、上級魔族であるオネランノタルに至っては、対戦車ライフルか、航空機の機銃掃射並の威力があり、ストラの、対人プラズマ弾に匹敵する。(ただし、ストラの基準の「対人」は、我々の世界の主力戦車の主砲弾をも防ぐ重戦闘ボディアーマー兵を想定している。)
なんにせよ、生身の人間が受けてよい攻撃ではない。
直撃した兵士はそのまま木端微塵に爆散し、貫通した矢が斜め後方にいた兵士も毛長牛ごと薙ぎ倒して、地面に突き刺さって爆発。迫撃砲並の力に、道沿いの土壁の家屋が吹き飛んだ。衝撃波と飛散した瓦礫により、家の中にいた少年少女を含む8人が即死した。
そのような矢が、上空から雨霰と部隊を襲った。
街中で次々に爆発が起き、兵や建物の残骸が天高く吹き飛んだ。
まさに、ミサイル空襲だった。
「魔法防御! 防御展開しろ! こっちは魔術師軍団だぞ!!」
軍のどこかで中隊長が叫んだが、無駄だった。散発的な防御魔法など、意味が無い。卵の殻でも潰すように、砕け散った。
「散開しろ! 相手は1人だ、固まるな! 狙い射ちだぞ!」
という中隊長の命令と、
「各個にやられるだけだ、集まれ、固まれ!」
という他の中隊長の命令が交錯し、メイン通りの中ほどから門前広場に差しかかるまでに、軍団は戻ったり路地方向へ離れたり合流し直したりで、グチャグチャになってしまった。
「ルガペ殿! いかがいたせばよろしいので!?」
ほぼ100ずつ護衛部隊を率いる3人の中隊長が、ルガペに指示命令を仰ぐ。
「魔法部隊、とっとと位置を割り出せ!」
魔法の矢の飛んでくる魔力の痕跡を辿れば、発射源はすぐに特定できる。そこを襲えば、スナイパー代わりの魔術師1人など、敵ではない。
のだ、が……。
動きの止まった軍団めがけ、金切り音と共にひときわ大きな火球魔術が飛んできた。
いやそれはもう、巨大な火の矢の魔法だった。
大型のミサイルが、高速で着弾したと思えばよい。
またも街じゅうを轟音と振動が揺るがし、地震めいて建物が揺れた。門前広場に近いところで黒煙が立ち上り、火柱が噴き上がった。
「せ……生存者はいるか!?」
かろうじて防御魔法を展開し、ぶっとんだだけで済んだルガペが、なんとか瓦礫から這い出て叫んだ。
煙の中に数十人が動いていたが、虫の息も多く、とても組織的な戦闘は無理だった。着弾した場所に、直系20メートル、深さ5メートルほどの大穴が空いていた。ただの爆撃ではなく魔法効果でもあるので、魔術師たちの個人レベルの防護魔術もことごとく粉砕している。防御に成功したのは、ルガペだけのようだ。
「なんたる威力……!!」
ルガペが、顔をしかめた。こんな破壊力の攻撃魔法は、見たことも聴いたことも無い。
が、ストラはおろか、オネランノタルにとってこんなものは、攻撃と云うにも烏滸がましいレベルだ。
「鼻クソを飛ばすよりショボイよショボイよ~~。もっとも、魔族に鼻クソはないけど!」
幽鬼めいた真っ黒のローブ姿のまま楽し気に笑い転げ、路地裏から出たオネランノタルが街の中央にあるケ=ジゥ侯の城を見やった。




