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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-4-4 鏖殺

 「おっと、その前に……」

 オネランノタルが振り返り、軍団最後尾の魔術師部隊に向けて、右手を掲げた。


 軍団はオネランノタルを見失い、そのままピオラへ殺到した。1人の敵に800人が取り囲むのは効率が悪すぎるが、そういう命令なので仕方も無い。


 だが、真っ黒いボロ布をひっかっぶったような姿のオネランノタルは四つ目の異形な顔が見えず、まだ小柄な人間に思えなくも無いが、トライレン・トロールは見るからに凶悪な亜人種だ。魔物退治と同じ要領だった。


 「あの鬼を討ちとれ!!」

 「魔王の手下だ、ブッ殺せ!!」

 「容赦するな!!!!」

 「退治しろ!!」

 「ゥオルぐるぅああああああ!!!!」


 重戦闘モードに入り、ピオラの眼が北の深い泉の色から夕日のように真っ赤になった。


 巨大な多刃斧を片手で振り回しただけで、数人の重武装兵が鎧ごと上半身真っ二つになり、返す刃でその後ろから突っこんだ兵士を薙ぎ倒す。さらに、殺到して角を突き立てる毛長牛ゲルクも左手で殴り倒し、蹴り飛ばし、角を掴んでねじり倒した。


 「な、なんだあ!?」

 「くそ、なんだあいつ!」

 「回りこめ!」

 「歩兵、後ろをとれ!」

 勢いをそがれ、騎兵の動きが止まった。


 が、多勢に無勢、回りこんだ兵士がピオラの背後や横に殺到し、容赦なく槍衾を突き立てた。


 しかし……。

 「……な、なんだ、槍が通らないぞ!」

 「素っ裸じゃないのか!?」


 普段はもち肌のようにしっとり・・・・と柔らかいトライレン・トロールの装甲皮膚は、そもそも通常武器など文字通り刃もたたない。弱点の魔法の武器をもってしても、この重戦闘モードでは、よほど強力なものでないと無理だった。


 「化け物だ!!」

 「ぐぅらああああ!!」


 独特の巻き舌を伴った雄叫びが、荒野に轟いた。雪のような白肌にビシャビシャと返り血を浴び、ピオラが周囲の兵士めがけてとにかく大多刃戦斧を叩きつけ、拳で殴りつけ、素足で蹴り飛ばす。板金に厚い布をかぶせた重装甲兵はおろか、鞣革の軽装甲などは役にも立たず、毛長牛ゲルクごと両断されるもの、一撃で顔面をつぶされるもの、胴体がくの字にひしゃげて転がるものが跡を絶たない。


 ピオラはほとんどその場から動かずに、ただ殺到する有象無象を蹴散らしているだけで、100 に近い兵士を鏖殺おうさつした。


 「こいつ……!!」

 「化け物だ、化け物だ!!」

 「魔法使いは何をしている!!」

 「魔法で焼き殺せ! 」

 「魔術師ぃいいいい!!!!」


 20人の魔術師部隊は、オネランノタルの即死の秘術で、とっくに全員が冷たい地面に転がっていた。


 「魔術師どもはどうした!!」


 何人かの中隊長クラスが後方を確認したが、魔法部隊がどうなってるのか把握できなかった。


 すると、ピオラを遠巻きにするだけでいったん攻撃を停止し、幾重にも取り囲んで膠着している兵士達めがけ、ピオラが突進を開始する。


 「ううぅおおおるぅああああ!!」

 人間や人間の破片・・が、血飛沫を上げながら面白いように宙に舞った。


 「ダメだ引け!!」

 「引け、引け!!」

 「引くな!!」

 「逃げろ!!」

 「縄だ……いや、鎖で捕えろ!!」

 「第2陣へ伝令しろ!! 鉄鎖で雁字搦めにして引きたお……」


 伝令兵に命令を伝えていた中隊長の脳天めがけ、通りがかったピオラが左のゲンコツを振り下ろした。首が胴体にめりこみ・・・・つつ、兜ごと頭蓋がスイカみたいに爆裂し、中隊長の1人が毛長牛ゲルクの上から地面へ崩れる。


 「…アヒぃッひいいい!!」


 返り血を全身に浴びて真っ赤になったその巨体と、血のように真っ赤なピオラの眼に睨まれ、伝令は気絶してしまった。


 相手が分かっていれば、戦いようはある。魔術師部隊を増やすとか、長槍重騎兵を先に出すとか、中隊長が伝令させようとしたように、幾重にも鉄の鎖でからめとって地面に引き倒して攻撃するとかだ。

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